short 2


□遠からず
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彼のことを新隆と呼んでいたのはいつまでだったか、はっきりと覚えていないけれど……確かシゲオ君の歳くらいの頃には霊幻君に呼び方を変えた。


理由は思春期によくあるやつ。異性を意識し始める年頃になって、名前で呼び合う男女をからかった周囲に対して彼が恥ずかしがったからだ。


私は彼のことが好きだったし、からかわれた事は恥ずかしかったけれど、どこか嬉しい気持ちもあった。


でも、相手が恥ずかしがったら仕方ない。その時から私の淡い恋心は、気付かれないように心の奥にしまいこんだ。そして今でも育ち続けている。





今日も仕事帰りに街の一角、ごく普通のビルに掲げられた"霊とか相談所"の看板を見上げて、身なりを整える。


春とはいえ暑く感じる日も増えてきた今の差し入れにコンビニで買ったアイスクリームは正しい判断だっただろうか。そんな事を考えながら、営業中の札がかかったドアを開けた。


「名前さん、こんにちは。」

「シゲオ君こんにちは。今日もバイトご苦労様。これ、差し入れね。霊幻君の分もあるから。」

「ありがとうございます!」


何年かの付き合いでやっと読み取れるようになったシゲオ君の緩められた表情に出迎えられ、私もつられてにこりと笑った。


「おー、名前いつも悪いな。」

「どういたしまして。」


社会人になって霊幻君が会社を辞め、この事務所を立ち上げたとき、うまくいかなければ私が彼を養ってあげるくらいの気持ちで見守っていた。でも彼は持ち前の人間力で仕事をこなしていった。


その事を残念に思うことはなく、師匠と彼を慕うシゲオ君と、私が訪れた時に迎え入れてくれるこの事務所が大好きだと思っている。


いつの間にか名前に戻った呼び方に、いちいち胸をときめかせては彼の人懐っこさを思い出し期待するなと自分を戒める。


定位置のソファーに腰掛け、シゲオ君が淹れてくれたお茶を手に長年拗らせた片思いに小さくため息をつく。視線を感じて顔を上げると、じっと霊幻君が此方を見つめていた。


「どうしたぁ。疲れてんじゃないのか名前……マッサージしてやろうか。」

「ただのマッサージ?もし悪霊憑いてたら霊幻君、祓ってよ。」


この片思いの拗らせっぷりはいっそのこと悪霊のせいだったらいいのに。そうひとりごちて、霊幻君を見上げる。腕捲りした彼がクスッと笑って「名前に悪霊が憑くわけねぇだろ。」なんて、その顔反則だよ。


「こっち来て寝転べよ。」

「……変なことしないでね。」

「バッカ!お前!俺がそんな事するように見えるか!」

「見えなくもない、霊幻君女の人の影ないし……モテないんでしょ〜。」

「モテモテだ!モテすぎて困ってるくらいだ!」


いつになく食いつく彼に、はいはいと適当に返事をして施術台に寝転んだ。


「……モテるのに、彼女作んないの。」

「あ?……いいだろ。別に。」

「好きな子いるの?」

「…………。」


沈黙に心臓が締め付けられる。ずっと傍にいたつもりだったのに、彼の想い人の存在に気が付かなかったなんて。聞きたいけど聞きたくない。


「もしかして……私?なんてね!」


冗談めかして言った台詞に返事は無くて、いつも以上に熱い掌が背中を押した。


「…………そうだって、言ったらどうするんだ?」

「え?」


まだ春になったばかり、過ごしやすいはずの室内で大人二人が顔を真っ赤にして汗をかく。


何年越しかわからないほど育て続けた恋が実るまでもう少しかもしれない。




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