short 2


□決定権なんてない
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仕事の帰り道だった。いつもと同じ、電車に乗って最寄り駅の改札を通り、家路へつく。何も変わらない。


ただ、目の前を何かが横切っただけ。それは甲高い音を響かせた後、真横の壁へとめり込んだ。


「……っ!」


ゆっくりと横を確認し、ひっと息を飲む。……銃?しっかりと壁に入ったヒビを見て、頭に浮かんだ答えを即座に否定する。日本で?無い無い無い!銃なんて誰がどこから何のために。様々な疑問と信じられない現実を受けとめきれない脳がパニックを起こしかけたとき、私に近づく人影に気がついた。


「……ゃだっ!」


今度こそ上がりかけた悲鳴はその人の掌へと吸収された。


「……静かに。騒がんなら手離すけど、騒ぐようなら……」


つるりとした布の感触を口元に感じながら声の主に静かにすると必死にアピールする。トントンと自らに回された逞しい腕を叩いて、ゆっくりと頷く。


わかった、そう小さな声が聞こえたと同時に解放されて大きく息を吸い込んだ。


「あの、私何も見てないです。だから、帰っても……」

「何も見てない人間はそんなこと言わんよ。」


背中に浮かぶ嫌な汗がその場に流れる空気に溶け込んだように息苦しさが増す。


「まあ、今見たこと誰かに話しても信じてもらえんやろうけど。」

「ですよね!それに誰かに話すつもりもないですし!」


じゃあ!と片手を上げてその場を立ち去る……ことは出来なかった。聞き慣れないイントネーションで呟かれた物騒な台詞を、聞こえなかった振りをして声の主をじっと見つめた。


「あの、本当に私……何も見てないです。助けて下さい。」

「クッ……別に口封じに殺すとかそんな物騒なことせんよ。ただ、一般人と関わる機会なんかなかったし、ちょっと遊んで欲しいだけや。」

「遊ぶって?」

「男女の遊びやね。」


男性にしては長めの髪をかきあげた彼の顔が初めてはっきりと目に映った。眼帯をした片目がミステリアスな雰囲気を醸し出している。反対側では欲を孕んだ瞳がじっとこちらを見つめてきて、先程とは違う汗が背中を伝う。


「男女の……遊び?」

「ま、無理ならええけど。」


クスクスと笑いながらポケットから煙草を取り出し、火を着けた彼がふうと一口吐き出した煙をぼうっと眺める。このやり取りも冗談だったのだ、からかわれただけだと体の力が抜けかけたときに聞こえた言葉に、再び身体を固くした。


「断るならそのまま連れてくだけやし。」

「あの、拒否権……とかは。」


ニッと笑った彼に引かれた腕が、ピクリとも動かないことが、今の質問への答えだと知るのはすぐだった。




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