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□恋の話
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私はこの組織に身を置いているが、矜持や目指すところなんて何一つない平凡な人間だ。賭朗歴のキャリアの割には黒服止まりという現実がその事を顕著に表している。


そんな取り立てて特技もない、野望もない私が、門倉立会人復帰に伴う部下構成変更の際、まさか立会人直々にご指名頂くなんて思ってもみなかった。何かの間違いだろうと幾度となく確認したけれど、間違いなんてことはなく、屈強な男達に囲まれる唯一の女として弐號立会人の元へと配属された。


配属された当初こそ不安でいっぱいだった。けれどいざ働き始めてみると門倉立会人古参の部下達は優しく気の利く人ばかりで、中でもあの嘘喰いにシャツを貸したという彼、通称シャツ君とはとても仲良くなれた。


そんなこんなで今、シャツ君と仕事終わりの一杯をと、よくあるチェーン展開されている居酒屋で向き合っている。


「名字さんお疲れ様!……雄大君と働くのにはもう慣れた?」

「お疲れ様!だいぶ慣れたかなぁ。私、立会人付きの黒服なんて初めてで、きちんと仕事出来てるか……」

「そんな事ないよ〜!雄大君、ずっと名字さんのこと部下に欲しがってたんだから。」


そんな事は無いだろうと軽く苦笑しながら手元のグラスを傾ける。冷たさを感じなくなってしまった豆腐をつついていると、ここだけの話だけどさ……そういって彼がぐっと身を乗りだし、声をひそめた。


「……名字さんは雄大君のことどう思ってるの?」

「どうって……見た目が怖いから最初こそ緊張しちゃうって思ってたけど、気さくだし、然り気無いフォローとか色々あって優しいし……いい上司の下に配属されてよかったと思ってるよ。」


真剣な顔をして相槌をうってくれていた彼がみるみる残念そうな表情を作っていくと同時に吐き出された溜息に、私も眉を寄せる。


「そうじゃなくてさ、その、何と言うか……」


もごもごと言いにくそうな仕草を見せたあと、意を決したように私の目を見た彼が言った。


「惚れちゃったりしないの?」

「はぁ?」


ははっと笑った彼が私の返事を促すように沈黙した為、少し考えながらも途切れ途切れ答えていく。


「ん〜。上司としてしかみてなかったから、急に言われても……綺麗な顔だなぁって思ったことはあるよ。」

「へー!他には?」

「背も高いし、男らしくてかっこいいとは思う。」

「……どうしてそれで惚れないの?」


瞳をキラキラさせ子供のように聞いてくる彼には申し訳ないが、言った通り上司としか見ていないし、私には立会人と付き合ってステータスを手に入れるだとか、そういう欲はない。


「……立会人が私の事好きになることなんてないし、私も立会人の恋人になるだとかそんなこと望んでないし。やっぱり上司は上司だよ。男としてなんて見たことない。」

「そこをなんとか!なんとかならない?」


ぱん、と手を合わせて頼み込む彼を怪訝な表情を隠さずに見つめる。どうしてこんなにも食い下がるのか。私だって馬鹿じゃない……仮に門倉立会人が私の事を気にかけてるとして、いや、やっぱりないない。


だって今までそんな素振り見せられたことがない。皆平等に良くしてくれている。多少は、女だからと配慮されているのを感じているが、そこに厭らしさや下心を感じたことはない。だからこそ、目の前の彼が何を言いたいのかわからない。


「……門倉立会人が私のこと何か言ってたの?」

「何かとかじゃなくって……」


口を開けたまま固まる彼の視線を辿って後ろを向いた私も同じように固まった。


「っ!門倉立会人!お疲れ様です!」

「お疲れ様です!」


ビシィ!そんな効果音が聞こえてきそうな勢いで立ち上がるシャツ君につられて私も立ち上がり、今まで話題の中心にいた門倉立会人に挨拶する。


「……そない畏まらんでもええよ。」

「ですが……」

「ええから、座って。」

「すみません。」


門倉立会人とシャツ君のやり取りを聞きながら、その場に合わせて席へ座りなおし、ごく自然に隣に座った門倉立会人をみた。


「ビール。」

「あ!ビールですね。」


じっとこちらを見た立会人がぽそっと呟いた言葉に即座に反応して店員さんを呼び注文したところで、そっと握られた手に体を固くした。


「……アピールが無難すぎたわ。」


固まる私を余所に、シャツ君が「ほら言っていたでしょう。」誇らしげに門倉立会人へと言葉を掛けている。


そうじゃの、そう小さく相槌をうった門倉立会人に肩を引き寄せられた。


「……今からワシのこと男として見ろ。ええな?」


耳元で囁かれ、思わず立会人と距離をとる。嬉しそうなシャツ君がお先にと席を立って、残された私は向かい側へ移動した門倉立会人を見ることが出来ない。


「ま、何となく察してると思うけど……そういう事やから。」

「はい。」

「この後どうする?どっか行く?」

「いえ、今日はこれで。」

「じゃあ次はちゃんとデートしよ。」


くつくつと笑う上司を何とか視界の端へ捉えて、混乱した頭と熱くなる頬を冷ますようにグラスに残ったお酒を飲み干した。




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