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□策に嵌まる
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街中が色とりどりのイルミネーションに飾られ、どのお店からもクリスマスソングが流れるこの季節。……キリストの誕生日を祝うその日に託つけて行われるだろう数多くの下らない賭事も、恋人達が過ごすであろう甘い一時も、私には何の興味もなかった。
浮かれている訳ではないが、私にはそわそわしてしまう理由が1つだけあった。
「で?名字、お主今年こそは結婚相手を見つけたか?」
「……いえ。壱號立会人、私は賭朗に身を捧げたのです。ですから結婚などと言っている立場では……」
「美玲だって結婚しておるだろう。」
「しかし……」
今まさに行われているこのやり取り。結婚どころかここ数年賭朗に所属する者か、会員以外の男性と口を聞くこともない。
こんな私の有り様に目敏く気付いた壱號が、今年も終わろうかというこの時期に相手を身繕おうと私を呼び出す事3回。
そろそろ私の苦し紛れの言い訳も通用しなくなってきた。このままでは賭朗内にいる頭のネジがぶっ飛んだ誰かの嫁にさせられかねない。
「……実は、恥ずかしくて隠していたのですが少し前にお相手が出来まして。」
「本当か?」
「はい。ですから私のペースで、徐々にそういうことも考えていこうと思っております。」
「ではその者を紹介しろ。」
「は……?」
「おるのじゃろう?一般人であろうが、賭朗の者であろうが構うまい。目の前に連れてこねば信用も祝福も出来ん。連れて来ないのならば、今年こそ相手を身繕わせてもらう。」
何とか逃れようと口をついたのは相手が出来たという苦しすぎる嘘……それに明らかな不信感を示した壱號は、連れてこいと威圧感を込めて言い放った。
無理……いないから。そんな事は今さら言えずに頭を抱える。項垂れた私を見て楽しそうにカラカラと笑った大先輩は、その笑い声に重ねるよう車椅子を操作してその場を去った。
「……どうしたらいいと思います?」
「簡単なことです。私と付き合っていることにすればよろしい。」
「え?彼氏の振りしてくれるんですか?」
「ええ、いいでしょう。名字立会人も相当お困りのようですし、私もいい歳ですので相手がいると思われた方が何かと都合がいいので。」
「ギブアンドテイクって事ですね!助かります。適当に噂を流してしまって、結婚についてはのらりくらりかわす方向でいきましょう!」
立会人の中ではわりと気心の知れた門倉立会人に相談したところ、持ち掛けられた提案に飛び付く事にした。にっこりと笑った彼の手を取り感謝の言葉を伝える。そして後の事は自分に任せろと言われるがまま任せ、軽い足取りで自宅へ向かった。
それから数日、門倉立会人の仕事振りといったらそれはそれは素晴らしかった。あの日以降、壱號からのしつこいくらいの呼び出しはぱたりと無くなり、賭朗内ではすれ違う人から祝福の言葉をかけられ、もっと早くに教えてくれればよかったのになどとお小言まで頂く始末。
たかが1人の立会人が彼氏が出来たくらいでこうも祝福されるものなのか?相手が格上の立会人だからか……そんな疑問が頭を掠めたがさして気に留めずに忙しく毎日過ごした。
私が異変に気付いたのは、実家の母から着信があった時だった。気付いた時には既に遅く、電話口から聞こえる母のご機嫌な声がどこか遠く聞こえたが、全部私の身に振りかかる出来事なのは確かで……。今、目の前にいる門倉立会人を問い詰めている。
「門倉立会人、付き合ってる事にして、あとはのらりくらりと言う話だった筈です。それなのにどうして、私達が結婚間近って噂が流れているんですか!しかも実家の母に電話までしました?」
「付き合ってる事にという約束はしましたが、結婚については私は賛成していません。」
「……っ!でも!母への電話は?」
「お母様には電話などではなく、直接ご挨拶に伺いましたよ。」
「え?どういうことです?」
「ですから、娘さんとお付き合いさせて頂いております門倉雄大です。ご挨拶が遅くなりましたが、この度結婚を申し込もうと思っておりますと。」
「ちょっと待って下さい。」
「ええ、何時まででも。」
構いませんよと笑う彼を凝視する。わからない。元々何を考えているかはわからない人だったけど、こうもわからないのは初めてだ。怪我の影響を彼の部下が嘆いていたが、私は感じたことがなかった。でもこれはまさにそれではないか。
「門倉立会人、貴方怪我のせいで……」
「いいえ、私は正常です。」
「いや、どう考えてもおかしいでしょ。」
「ただ、貴女が、名字立会人が欲しかっただけです。」
絶句。私の前に跪いた門倉立会人にそっと手を取られ、そこに唇を押し当てられる。見上げてくる1つの熱い視線から目を逸らせない。
「……あとは貴女のお返事だけです。名前さん。」
「私の返事。」
「ええ。私と結婚してください。」
「そもそも私達付き合ってないし。」
「順番など気にしませんし、もう逃がしません。」
困り果てる私の背中を押すように立ち上がった門倉立会人は耳元で一言。
「ずっと好きでした。」
笑った彼が差し出した指輪がぴったりのサイズだと知るのはあと何秒か先の話。
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