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□揺れもしない
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自分のことを立会人……ではなく門倉さんと呼ぶ彼女へ特別な気持ちを抱くまでに時間はかからなかった。顔を合わせる度、親切に振る舞う自分を意識する様子はない。あくまでも同僚として接してくる彼女のそれは、淡いという表現では片付けられない恋心を毎度毎度綺麗に打ち砕く。
本部入り口から見えるどんよりと曇った空。そこから降りだした雨を、感情の読み取れない表情で見上げた彼女は、傘もささずに帰路につこうとしていた。
そんな彼女を見つけてラッキーだと浮かれながら、あくまでもポーカーフェイスで声をかける。
「名字さん!今お帰りですか?」
「ああ、門倉さん。そうなんですよ〜。急に降ってきちゃって、駅までだし走ろうかなって思ってたとこなんです。」
見られちゃいましたねと悪戯っぽく笑うその笑顔に一瞬見惚れる。
「私も今帰りなので……よければお送りしましょうか?」
「いいんですか?やったー!ありがとうございます。」
ラッキーだと繰り返す彼女の横顔を眺めながら自身の車へ向かう途中、自分の好意が彼女へ伝わっているのか……ふと聞きたくなってしまった。
「名字さんは、男が女性に親切にする理由をご存知ですか?」
「……?どういう意味です?」
遠回しすぎたと苦笑しながら……何でもありません、そういって車まで歩きだす。ちょこちょこと横を歩く彼女の気配を感じながら、どうしたら男として意識されるのか思考を廻らせる。
今日この時まで紳士に接してきたが脈なし。警戒されることを畏れて男を見せなかった自分が悪いのだと……開き直り、助手席へ乗り込もうとしていた彼女の細い腕を掴んだ。
「……門倉さん?どうしたんですか?」
こんな場面でも警戒心を見せない彼女を車に押し付け、腕の中に閉じ込めた。
「家まで送る……つもりやったけど、このままどっか行く?」
自分でもわかるくらい熱の籠った声で囁くと、びくんと身を固くした彼女に気をよくする。追い討ちをかけるようにどうする?そう問いかけ、前髪で隠れた瞳を覗き込んだ。
「えっと……急にどう……」
「急じゃないよ。今まで我慢しとっただけ。」
真っ赤に染まった頬と潤んだ瞳に、ぞくぞくと劣情が込み上げる。きっと彼女の頭の中は自分のことで一杯だ。そんなちっぽけな事1つで、こんなに気分がいいなんてと呆れる反面、どうしようもない高揚感に包まれる。
「逃げへんの?」
「……門倉さんだから。」
「は?」
先程よりも赤くさせた顔をこちらへ向け、キッと睨み付けるように合わせられた視線に、今度は此方がどきりとした。
「私が門倉さんのこと好きだって気付いてて、からかってるんですか?」
「ちょ……待て。」
「待ちません!」
涙目で捲し立てられる告白の言葉をBGMに、赤くなっているであろう顔を見られないように彼女を助手席へ押し込んだ。
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