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□貴女の為なら
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"ね、雄大。煙草……やめない?"


フロントガラスの先に真っ直ぐ続く道路を見つめる彼の横顔へ聞こえない程度の小声で紡いだ言葉は、しっかりと彼の耳に届いたようだ。


「……どうしたん?急に。」

「急っていうか、もともと私が煙草あんまり好きじゃないの知ってるでしょ。」

「一緒におるときは吸っとらんよ。」


チラリと此方へ視線を寄越した後、再び道路を見つめる彼は呆れた表情だ。


「……でも、やっぱり煙草の臭いするし。」

「気ぃつけるようにするわ。」


左手をくんくん嗅ぐ仕草をして見せた彼が、"そんなするか。"なんてブツブツ呟いたと思ったら車を停止させ、じっと覗き込むよう距離を詰めてきたので、思わず後退る。


「……全く吸わんのは無理や。けど、出来るだけ我慢するから。それでええ?」

「キスしたら煙草のにおいするからやだ。」

「……辞めろって?」

「無理にとは言ってない。」


ふぅと溜息混じりに吐かれた息はどちらのものか分からなかった。出来るだけ我慢すると言って、私をしっかり見据えた彼を我が儘で困らせた心地のせいか、重く感じる車内の空気が私の思考を塞ぎ言葉を奪う。



"やっぱりいい。"不貞腐れるようにボソッと言ったのとほぼ同時。ちゅ、と唇に当たったのは紛れもない彼の唇だった。


「……別に、煙草我慢するくらい何ともないけど。名前とキスできんのは堪えるわ。」

「ぷっ……なにそれ。」

「笑うな。だから煙草辞める代わりに、口寂しくなったらキスさせろ。」

「何言ってんの。」

「おどれの為に煙草辞める言っとるんじゃろ。」


グシャグシャ乱暴に頭を撫で、車を走らせ始めた横顔をじっと見つめていると、ポケットから何かを取り出し押しつけてきたので反射的に受け取った。


それが何か確かめる。掌に収まる彼の煙草と、お気に入りのジッポを見て、にやにやする私の手をぎゅっと握った彼が浮かべる不謹慎な笑顔に気が付いた時には遅かった。


「名前……ワシ、寝る前は煙草吸わな落ち着かんねん。やから今日からワシのとこ泊まりに来なあかんね。」

「え……。」

「眠くなるまで煙草吸って酒飲んどるんやけど、名前がおったら別の事出来るし、適度な運動は良質な睡眠の為には必要やしね。」

「違っ……そんな約束してない。」

「名前が煙草辞めて欲しい言うたんじゃろ?」

「やっぱ……」

「男に二言はないよ。名前の為じゃ。」


私の身体、きっともたない。




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