short


□命題
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『私のどこが好き?』


そう微笑んだ彼女を満足させられる答えを、用意出来たことは1度もない。その言葉は日常の中に溶け込むように、私の生活のあらゆる所に顔を見せた。


立ち会い中に退屈さを感じたとき、取り立てが終わり一息着いたとき、赤信号に足留めされて、横断歩道を横切る男女二人組を眺めているとき。


「……名前さん、貴女は私のどこが好きなんですか?」

「あれ?私、悠助くんのどこが好きか、話したことなかったっけ?」


結局彼女の満足する答えを見つけられなかった私は、彼女が出す答えを知りたくて、先にぶつけられた質問をそのまま返した。私が呟いた言葉を聞いて、楽しそうにクスリと笑った彼女は、全部だよと囁くように言った。


お気に入りだと言う私の髪を撫でてソファーへ背中を預けると、ごめんと謝罪の気持ちがこもらない言葉を口にしてから、指を折りながら小さく呟く。


「その薄い眉も、目付きが悪いところも、意外と男らしい背中も、声も…………あぁ!もう、言い切れないけど本当に好き。」

「……ずるくないですか?」

「何が?」

「何となくですけど。」


意味わかんない、そう言った名前さんを抱き締めて「私も好きです。」と囁き、顔をじっと覗き込む。


「どこが好きだか言ってくれなきゃ。」

「……フェルマーの定理ってご存知ですか?」

「フェルマー?数学者の?」

「ええ、そうです。彼の言葉を借りたい気持ちです。」


何だっけ?そんな顔をした名前さんは、答えを促すように私を見つめる。その顔があまりにも可愛くて、思わず抱き締める腕に力が入った。



「苦しい。」

「……キスしていいですか?」


返事なんて待たずに彼女の柔らかな唇を味わうように、自らのものを重ねた。




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