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□コンプレックスハニー
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目の前に、いつも通りの読めない表情を浮かべ、此方から目を逸らさずに立ちはだかる男に背中を向けようとした。


「待ってってば。」

「……もう掛け金の確認も完了しましたし、貘様の仰られた通り、安全にホテルまでお送りする手筈も調っています。では、私はこれで……。」


"失礼致します。"その言葉は彼の言葉に遮られた。


「名前ちゃんとさ、仲良くなりたいんだ。」

「立会人として、会員様とは一定の距離を保つタイプですので。」

「固いねぇ。俺が言ってるのは、立会人としてじゃなくって、女の子てしての名前ちゃん。」


耳に届いた聞き慣れない単語に僅かながら目を見開いてしまう。今、何て?私の耳、もしくは脳がおかしくなっていなければ目の前に立つこの男は私の事を"女の子"と言った。


女の子なんて言われたのは随分……本当に随分前のことだったか、思い出せもしないけれど。


私の知っている女の子とは、可愛らしい洋服を着て、愛らしい表情で、無条件に守られる存在で……、挙げればキリがない、そう思って思考を停止させる。ただひとつ言えることは、その女の子とやらは私とは程遠い生き物だってことだけ。


「……聞いてる?どうしたのびっくりした顔しちゃって。」

「いえ、聞き間違いでなければ……貘様は私の事を女の子だと仰ったようですが。」


まじまじと覗き込んでくる碧に、視線が絡まないよう伏せた瞳。それでも逃すまいと体現するよう掬われた顎先に掛けられた指を振り払う事は出来なかった。


「オンナノコでしょ、名前ちゃんは。」


やけに強調した発音で"オンナノコ"と繰り返す嘘喰いをじっと見つめる。


「私は……女の子ではありません。可愛げもなければ、守ってもらう事なんてないし、今この瞬間だって貘様のことをただの肉塊にしようと思えば……」

「あ〜!怖いこと言わないでよ。」

「この手を退けて頂ければ冗談にしますが。」

「名前ちゃんは可愛いし、ちゃんと女の子だよ。何なら俺が守ってあげるよ。」

「……何をふざけたこと。」


両の掌を此方へ向けて参ったのポーズを取りながら苦笑を浮かべた彼からの言葉を頭の中で咀嚼する。


女の子、可愛い、守ってあげる……初めての響きが脳に浸透していくのに時間はかからなかった。


「……私、女の子、なんでしょうか。」

「もちろん。」


大袈裟に腕を開いた嘘喰いの元へぎこちなく近づくと、思っていた以上に力強く抱き締められて小さく声をあげてしまった。


「きゃっ……。」

「ほらぁ!名前ちゃん可愛い〜!」

「今日だけです。」




嘘つき……言われる前に赤い唇を塞いでやった。




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