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本部に着くなり部下が此方へ走ってくるのが見え、何かあったのかと身構えるも知らされたのは今日の立ち会いが延期になったという事。
こんなことならもう少し名前と過ごせた、などと甘い思考に浸りそうになった自分を軽く叱咤し、何気なく向かった喫煙室。
ドアを開く前に中にいる人物の見当がつき、挨拶と共に向かいに腰掛けた。
「よぉ、南方。サボりか?」
「ちゃうわっ!お前も立ち会い延期だろ?相手の会員は俺の専属だ。」
「ほーかほーか。」
何故かしたり顔の南方を横目に、くわえた煙草の先に火を点ける。此方へ向けられる視線に気付かぬ振りをして、ゆっくりと、そして思い切り煙を吸い込み肺へ送っていると灰皿へ煙草を押し付けた南方が口を開いた。
「……順調か?」
「何が?」
「あの女と。」
「順調も何も……ワシ、完全にやられとるわ。」
「どういう意味だ?逃げられたのか?」
否定の言葉代わりにもう一度煙を吸い込んだ。南方の好奇心がこれでもかと体現された前のめりな姿勢にイラついて、やつの脛を軽く蹴ってから、先程の質問に答えていく。
「想像以上にハマってもうた。ちょっとばかしタイプや……身近にはおらんタイプや思っただけじゃったのに。」
「痛ってぇ!何も蹴ることないだろ!」
「面白い、欲しい思うた時点でワシの負けやったんじゃ……惚れたもん負けやね。」
「もっと分かりやすく話せよ。」
なんでわからんのや……そんな言葉は飲み込んで昨日から今日の朝に至るまでの話をしてやる。相槌を打つやつの表情が気にくわないが、そんなことよりも名前の心を手に入れる為のアドバイスが欲しかった。
「……っぷ!それで?朝まで我慢して、行ってらっしゃいのキスだけしてもらって出てきたのか?」
「まあ、そういうことになるね。」
「そういうことになるね、ってお前!まさか初恋か?!」
「わからん。」
「わからないって……それより門倉、前に話聞いてやったときより悪化してないか?」
「しとらんよ。むしろ距離は縮まっとる。」
盛大に溜め息を吐いた南方が勿体ぶるように組んだ手に顎を乗せる。上目遣いに見上げてくるので、嫌悪感を隠さず唇をひきつらせていると、今日1番腹の立つ表情を浮かべてこう言った。
「お前な、それは誘われてたんだと思うぞ。」
「……誘われてたんか?」
「女が一緒に寝たいって言ったんだろ?そうなってもいいって思ったんじゃないか?」
「そうやったんか?」
「いや、俺に聞かれてもわからんが。」
「ワシが我慢した意味は……なかったんか。」
「……紳士的だと思われてポイント上がってるかもしれんぞ。」
よく分からない南方が紡ぐフォローの言葉も右から左に抜けるだけで、短くなってしまった煙草を乱雑に灰皿に押し付けて「帰るわ。」とドアに手をかける。
「おう!だからって帰って襲ったら嫌われるぞ〜!」
「わかっとるわ!」
帰ったら抱き締めてキスしようなんて考えていた事を悟られたかと内心ひやひやしながら、上がる口角を隠すように、掌で口許を覆いながら本部の廊下を早足で駆け抜けた。
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