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□桜散る
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取り立て業務に駆り出され、とんだ厄日だと文句を垂れていたのは今回同行する弥鱈立会人が現れるまでの事だった。


彼は本部で顔を合わせる度に声を掛けてくれて、そして二言程の短い会話をすると、「お仕事気をつけて下さい。」と労ってくれる。


そんな関係を気に入っていた。だけど、それ以上でも以下でもなくて……一緒に仕事するこの機会に、少しでも彼に近づきたかった。


やくざのボス……敗けた男が、大切にしている純金で出来た日本刀を賭けたくせしていざ敗けると渡さないと部下やボディガードに自宅を囲わせ、謂わば籠城してしまっていた。


ボディガードといっても所詮チンピラに毛の生えた程度。身体ばっかり大きな男に過ぎない。そんな輩に大金を払うなら私を雇ってくれればいいのに、なんて冗談を呟くくらい余裕のある仕事だった。


弥鱈立会人と二人、ボスの自宅へ正面突破し、向かってくる男達と銃弾をさらりと交わしながら目的の部屋へ向かう。


目的の日本刀を手に取り、本物かチェックした後、最後の抵抗とばかりに私に銃口を向けた男の頭に、弥鱈立会人の華麗な足技が決まったところで今日の業務は終了。


彼が手にした日本刀を黒服の何人かが丁寧に梱包していくのを眺めながら、お互いに挨拶を交わした。


「名字掃除人、わざわざお手数かけました〜。」


「ご苦労様です、弥鱈立会人。」


一言交わしたきり、背を丸めてポケットに手を突っ込んだ弥鱈立会人はいつものように唾風船を空中へ漂わせていた。私も何となくを装って彼の隣に並ぶ。


「名字掃除人、もう撤収して頂いて結構ですよ。あとは此方でやっておきますので。」

「……近くに桜が咲いているみたいなんですけど、寄り道がてら見ていきません?」

「雨、降りそうですけど。」

「少しだけ、ね?」


表情こそ窺えなかったけど、気だるげな雰囲気から断られることを覚悟していた。


「少し待っててください。」

「……え?」


そのまま私を残して、黒服にてきぱきと指示を送る姿を見つめた。


「来てくれるってこと?」


1人呟いた言葉は誰にも拾われることはなく、戻ってきた彼に頷く。


「お待たせしました。行きましょうか。生憎、車なので通りすぎるだけですけどね。」


そっと私の背中に手を添えてエスコートしてくれる弥鱈立会人に見られないように髪を整えて、彼の車に乗り込んだ。


現場からそう遠くない所に桜が並ぶ通りが見えて、その辺りをドライブしていると先程彼が言った通りに雨が降りだした。


「雨、降ってきちゃいましたね。」

「そうですねぇ。」

「桜散っちゃいますね。」

「まあ、散らなければこうして見に来ることもなかったかもしれませんけどね。」

「もう少し、もってくれたらいいのに。」

「散ってくれないと困りますけどね、俺は。」


ちょうど車を停められそうな路肩に車が滑り込んだときに聞こえた弥鱈立会人がシートベルトを外す音と、今の言葉に、彼の真意を量ろうとじっと見つめる私。少し間を置いて熱い視線と言葉が私に届いた。


「そうじゃなければ、また来年も見に来ましょうなんて誘えないでしょう。」

「……雨、止まないですね。」


クッと笑った横顔を見つめて、私もシートベルトを外した。



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