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一緒に入ろうと誘ったが軽くあしらわれて1人向かった浴室に、名前の物であるボディソープが置いてあるのを見つけて、表情が緩んだ。


生活の中に彼女の痕跡があるなんて、そんな小さな事で幸せを感じている自分に、随分腑抜けたものだと溜息を吐いて浴室へ足を踏み入れた。


いつも通り入浴を済ませるとリビングへ向かう。そこには思い詰めたような表情をしながらソファーに座る名前がいて、何を思い詰めているんだと小さく笑った。


「名前、何しとるん?」

「門倉さん、お風呂上がったんですね。」

「おう、名前も入っておいで。」

「……はい。」


もじもじと恥ずかしそうに頷いた彼女を不思議に思いながら、テレビを付けた。そして冷蔵庫から缶ビールを取り出しソファーへ戻る。そこでやっと先程の彼女の態度が何故だか思い当たった。


「……そうか。夜、一緒に過ごすの初めてか。」


名前を家に連れてきてから、自分の家で夜過ごしていなかった事に気づく。あの反応だと脈ありだと思ってしまうが、名前のことだから手を出したらまた泣くだろうと、彼女が上がってきたら別々に寝るから安心しろと伝えるつもりで手元のビールを飲み干した。


「……門倉さん、上がりました。」

「テレビ見る?」

「門倉さんは?」

「そろそろ横になろうかって感じかの。」

「じゃあ、私も。」


そう言った彼女が自分の腕を取ったことに驚き目を見開く。


「ワシ、ソファーで寝るからベッド使ってええよ。」

「あんなに広いんだし、一緒に……は駄目ですか?」

「……何もせん自信ないけどええ?」

「それは、駄目です。」


恥ずかしそうに下を向いた名前の頭を撫でて、「冗談じゃ。」と言うと笑顔で見上げてくる。今日は眠れないなと覚悟を決めて寝室に向かった。


一緒に寝ようと誘ったくせに、いざ寝室に入ると動こうとしない彼女を後ろから抱き上げベッドに潜り込む。


身体を離そうともぞもぞ身動ぎするのを抱き締めるように押さえ込んで、小さな声で話し掛けた。


「名前、ワシと会う前の話聞かせて。」

「え?会う前の話って……難しいですね。」

「じゃあ、今までした1番悪いことは?」

「う〜ん。仕事帰りに電車でおばあさんが乗ってきたのに、疲れてたから寝た振りして席譲らなかったことです。」


ふっと吹き出したら、怒ったように叩かれた胸元。可愛ええの。と呟き、頭を撫でた。


「門倉さんは?」

「無理やり名前のこと連れてきたこと。」

「……門倉さんに助けて貰って良かったですよ。」

「そうか。初恋は?」

「話逸らしましたね?……初恋は幼稚園の時だったかなぁ、覚えてないや。」


そんな他愛ない話を一時間ほど続けたとき、名前からの返事がどんどんゆっくりになってきたので、もう寝ろと背中をそっと叩く。小さく頷いた瞬間からスースーと寝息が聞こえてくる。


「……子供やの。」


眠るまでの短い時間だったけれど、色々と彼女のことが知れたなと満足感で満たされ、無防備に押し付けられている額に口付けた。



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