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自宅のドアに手を掛けたまま、どんな顔をして中に入ればいいのか一瞬戸惑った。それと同時に向こうからドアが開いて驚きのあまり咄嗟に装った無表情も、きちんと出来ていたかわからない。


「やっぱり!お帰りなさい。」

「ただいま。」


笑顔で出迎えてくれた名前を見下ろして、言い慣れない「ただいま。」をぎこちなく返した。


「門倉さん、ごはんにします?お風呂もすぐに入れるようにしてますよ!」

「……もうおどれ名字門倉に変えるか。」

「……え?ごはんですか?」


無意識にやっているのだろうが、新婚の定番……ごはんにする?お風呂にする?のくだりを思い出し、呟いた言葉は彼女の耳には届かなかったようで、返ってきた質問に眉を寄せる。


不思議そうに見上げる名前を怖がらせないようにそっと引き寄せ抱き締め、先程ぎこちなくなってしまったただいまをやり直した。


「ただいま。」

「……おかえりなさい。」

「なあ、キスしてもええ?」

「えっ?どうしたんですか?」


照れたような困ったような顔をした彼女の唇に一瞬だけ自らのを重ねて、抱き上げてリビングへと向かう。


「門倉さん……おろして。」

「もうちょい、このままおらして。」


抱き締めたままソファーに座り耳元で好きだと囁く。顔を赤くしていることなど見なくても解るくらい身体を熱くさせた名前にクスリと笑みが漏れた。


南方に言われた事を真に受けた訳ではないが、随分甘い自分に苦笑する。そして、ふと抱き締める腕が緩まったときに身動ぎした彼女と視線が絡みどきりと高鳴る心臓。


「……門倉さん、私も、門倉さんのこと嫌いじゃないですよ。」

「……好きって言わんか。」


想像通りの真っ赤な顔で言われた台詞に苦笑して、キスしたい気持ちをぐっと堪えて彼女の頭をくしゃっと撫でた。


「作ってくれたんじゃろ?……ハンバーグ。」

「ばっちりです!」

「食べよ。楽しみにしてたんじゃ。」


小さく頷いて良い匂いの漂うキッチンへ向かう華奢な背中を追いかけ、食卓へ運ぶのを手伝い、美味しそうに並んだ料理を見て自慢気な名前の頭をもう一度撫でた。


二人向かい合って座ったテーブルで、いただきますと告げると、食べるのを見守るように此方を見る名前に食べにくいと文句を溢しながら頬張ったハンバーグに、口許が緩む。


「うまいよ。」

「よかったぁ!頑張って作りました!」


うまいの一言に安心したのか、パクパクと食べ出す様子を今度は此方が眺める。


「恥ずかしいから見ないで下さい。」

「お互い様じゃ。」


本当に好みの味に箸はどんどん進んで、部下の話をしたり仕事の話をしたりしながら食事を楽しんでいたが、名前からの話がないことに気付いて1日中ここにいるのだから当たり前かと頭を抱えた。


「名前、外出たいか?」

「そうですね。わざわざお買い物に門倉さんのところから誰か来てもらうのも悪いし……」

「そうじゃのうて……仕事とか、戻りたいか?」

「……仕事ね。誇りを持って働いてる門倉さんにこんなこと言うのは恥ずかしいですけど、あんまり仕事に未練とかはないです。」

「そうか。1日中ここで退屈してんのもえらいじゃろ……買い物くらい好きに行ってええよ。」

「ありがとう!」


探るように聞いたのに、買い物がと返す名前に逃げる気は無いのだと安心して、自由に出ていいと言えば嬉しそうにはしゃぐ彼女。


いつか自分のもとから去るのではと嫌な想像を繰り返しては、早く心も身体も自分のものにしてしまいたいと気持ちばかりが焦るのを感じて、片付けようとキッチンへ向かう名前を抱き寄せた。


「……片付け、後でええから。風呂一緒に入るか?」

「入りません!片付けておくんでお風呂どうぞ。」


本気で誘ったのに、さらりとかわされて心も身体もなんてまだ先だと苦笑した。



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