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□うちのと言ってもねぇ
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少し大掛かりな賭朗勝負に人手が足りないと派遣された。弥鱈立会人以外の立ち会いに同行するのは初めてだったので緊張していたが、予想に反して門倉立会人はすごく紳士的で優しかった。
見た目からして怖そうだし、乱雑そうだとかそんな印象を持っていたのだけど、それを一気に覆すような丁寧な立ち会い。部下への指示も的確で、助っ人の私のことを勝負中も気遣ってくれているのが伝わってきて、怖いと思っていたことを心中で謝り、終わる頃にはかっこいいと思うまでになっていた。
そんな門倉立会人にからかい半分のように誘われた食事。立ち会い中見つめ続けた相手にデートだと言われ、お洒落なお店に連れていってもらってはしゃいでしまったのを思い出して1人照れていると、掛けられた声。
「名字さん、お久しぶりですね。同じ賭朗内にいても中々会えないものですね。」
「門倉立会人。」
「この後時間がおありでしたら、また食事でもどうですか?」
「えっと…。」
今しがた思い出していた相手に突然誘われて、驚いてまごつく私の視線の高さに合わせるよう屈んだ彼がクスリと笑いながら覗き込んでくる。
「それとも弥鱈立会人に許可を取ったほうがいいでしょうか?」
「そんなっ!……門倉立会人がよろしいのでしたら。」
「私が誘ったのですよ。これで2度目のデートですね。」
勿論と呟き、楽しそうに笑みを深めた門倉立会人の背中に思い切って問いかける。
「あの、デートだとか……たとえ冗談でも、緊張してしまいます。」
「おや、これは脈ありと受け取ってよろしいので?」
私の数歩前を歩いていた門倉立会人はいつの間にか目の前にいて、所謂壁ドンの形で至近距離から囁かれる。
「ほんまにあの時以来、気になっとるんやけど……ワシのもんならんか?」
「ワシのもんって……。」
「部下って意味違うよ。こういうこと。」
そっと肩に手を掛けられるのを目で追っていると、手袋をしたその指がゆっくり鎖骨から首筋を辿ってきて、ぐっと顎を掬われる。
「……っ!」
「返事は?」
熱っぽい瞳で近づく門倉立会人の顔。恥ずかしくて目を瞑り、訪れるだろう感触にふるりと身体を震わせた時、聞こえた舌打ちの音に恐る恐る目を開けた。
「門倉立会人、何をしているんですか?」
聞こえてきたのは先程挨拶を済ませて別れたばかりの弥鱈立会人の声だった。
「見てわかりません?」
「またうちのにちょっかいをかけて……名字さん大丈夫ですかぁ?」
「ククッ……またうちのって。ただの部下でしょう。」
「門倉立会人に言われることではありません。」
ぞっとするような殺気を纏った弥鱈立会人が門倉立会人と壁の間に閉じ込められた私を覗いたので、思わず縮こまる私。何もしていないと何度も呟き、弥鱈立会人の方をそっと見る。
「はい。大丈夫です。」
絞り出すように答えた私の前から退いた門倉立会人が弥鱈立会人と向かい合う。
「名前さんはこれから私と食事に行くんです。」
「襲っていた様に見えましたけど……。」
「彼女を口説いていました。……生憎まだ、返事は貰っていませんが。」
私を見つめたまま、何時もの風船を作った弥鱈立会人が不服そうに呟いたのでしどろもどろ答える。弥鱈立会人は私が門倉立会人と仲良くするのが随分気に入らないらしい。
「門倉立会人と食事ですか。」
「……はい。あの、駄目ですか?」
「はぁ、あんなにヤンキーには気を付けろと言ったのに。門倉立会人、泣かせたら承知しませんから。それと……まだ諦めた訳じゃありませんから。」
「余計な心配に感謝っ!私も譲る気なんてありませんので、悪しからずっ!」
去って行く弥鱈立会人を見送り、門倉立会人を見上げるとニッと笑顔を浮かべる彼につられて私も笑った。
「弥鱈立会人から許可も頂いたことですし、行きましょうか。」
「……門倉立会人と弥鱈立会人って仲悪いんですか?」
「クッ!奴も可哀想やな。」
「え?」
「失敬!此方の話です。それより、さっきの返事。聞かせてくれんか?」
先程浮かんだ疑問をぶつけるも、誤魔化されてしまい、腑に落ちず考えているとふわりと煙草の匂いに包まれた。
誰も居なくなった廊下で、再び色っぽい雰囲気を醸し出した門倉立会人に抱き寄せられたことに気付いて、さっきまでの緊張感が一気に押し寄せてくる。
「あの、もう少し……お互いのこと知りた…んっ!」
知りたいのでと言おうとした唇をペロリと舐められ、驚いたのと同時に後頭部を引き寄せられて深くキスされた。
門倉立会人の熱い吐息と共に離された唇をぼうっと眺めているともう一度耳元で「返事は?」そう囁かれて、こくりと頷いた私の頭を撫でた彼から降ってきたキスに身を任せて目を閉じた。
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