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□うちのだと言ったでしょう
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大した内容でもないのにやたらと人員を割かなければならない勝負を好む会員が賭朗に立会人を要請したとき、自分が引き受ければよかったと今更ながら後悔した。


長時間の勝負になることはわかっていたし、他に人がいないのならまだしも別段自分が行かなくても誰かが行くだろうと断った直後……まさか黒服を数人貸してくれと言われるとは思ってもいなかった。


そして選ばれた数人の黒服の中に彼女が含まれていたことも、全て予想外。


銅寺立会人が何気ない雑談中に漏らさなければ知ることすらなかったと思うと、彼に感謝しなければいけない。


勝負に派遣された黒服の名字 名前は、随分前から気にかけている女性だ。


周りの人間に何と噂されようと彼女を振り向かせる為の努力を日々続けてきた。そんな彼女が他の立会人の指示で働くなんて、せめて彼女のことを気にとめない人種の立会人に当たってくれれば良いのにと普段は信じない神にも祈った。


そう、夜行立会人や間紙立会人あたりならよかったのに。まさかあのヤンキー……門倉立会人だなんて、嫌な予感がしつつ本部で仕事がある振りをして過ごし彼女の帰りを待っていたが、先に帰って来た部下から受けた報告によって嫌な予感が現実に変わろうとしていることを確信した。


「弥鱈立会人、只今戻りました。」

「ご苦労様です。それで、名字さんは?」


部下に労いの言葉を掛けてから彼女の所在を確かめる。


「それが、ですね……門倉立会人が送るからと車に……ひっ!すみません。詳しくはわかりません。失礼しましたっ!」


門倉立会人が送る?彼女の自宅まで?色々な勘繰りが脳内を行き交う間、酷い顔をしていたらしく脅えるように去って行く部下の背中を見つめて、小さく舌打ちを漏らした。


あのヤンキー……やはり彼女の事を気に入ったか。内心舌打ちしながら、彼女の身を案じて携帯電話を取り出してからはたと固まった。


私に何の権利があって彼女に電話を掛けて門倉立会人と帰ったことを咎めることが出来るのだろうか、これは流石に格好がつかないと渋々携帯電話をしまう。


悶々とした夜を過ごした次の日、門倉立会人に彼女に手を出すなと告げ、あちらはあちらで譲る気はないとの宣戦布告を受け取ってしまった。


どうしたものかと1人溜息をついているとぽんと叩かれた背中に感じた女性らしい柔らかい掌の感触に慌てて振り返る。


「きゃっ!ごめんなさい。驚かせちゃいました?」

「……名字さん。どうかしましたか?」

「いえ、何だか元気なさそうだったので。」

「貴女のことでなんですけどねぇ。」

「え?」


ふと漏らした本音に不思議そうな顔をして見上げてくる彼女。自分達の間の数歩の距離を縮めるようにその細い腕を引き寄せた。


「あの、弥鱈立会人。」

「門倉立会人にもこうして抱き締められましたか?」


されるがままに腕の中におさまった彼女の柔らかさと匂いを味わい、自分の知らない間に他の男に自宅まで送ってもらったことへの嫉妬と共に、心配の気持ちが芽生えてつい口調が冷たくなってしまった。


「え……どういう意味です?」

「こんなに無防備で、あの人に何かされてません?」

「そんな、何も無かったですよ……それに弥鱈立会人じゃなかったら、こんなこと、嫌です。」

「意味わかって言ってます?」


少し怯えたように、それでいてはっきりと言われた台詞に珍しく胸が高鳴った。


「弥鱈立会人のことが好きなんです。」

「…………私なんて、随分前から名字さんのことが好きでした。」

「両思いってことですよね?」

「そうなりますね。」


クスクス笑いながら背中に腕を回してきた彼女が、「今度の休みにデート連れてって下さい。」と言うのが聞こえたのでだらしなく崩れているだろう表情を見られないように彼女の頭を胸元へ押し付けた。


「どこへでも連れて行ってあげます。……ただし、今後一切他の男と二人きりで車になんて乗らないで下さい。」

「弥鱈立会人って結構ヤキモチ妬きなんですね。」

「貴女は私のものでしょう……名前さん。」


はい。と言おうとした口を塞いでやっと手に入れた彼女の唇を味わい、明日あのヤンキーの悔しがる顔を見てやろうと心に決めた。



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