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門倉さんと食事に行った。そのとき初めて彼と色々話した。賭朗のことや彼の仕事である立会人の話……聞けば聞くほど私なんかが足を踏み入れるには遠い世界で、彼と向かい合って食事しているのも夢かと思ってしまった。


仕事の話をしている門倉さんは、楽しそうで、自然に笑うその表情もすごくかっこよくて、わざわざ私のことを買わなくてもモテるだろうななんて思って溜息を吐く。


だけど私が彼に買われたのは紛れもない事実で、最初こそ無理矢理キスされて怖かったものの、今は門倉さんのことが気になりつつある。


告白めいた言葉を貰っても、信じていいのかわからなくて、いつか突然飽きたと見放されるんじゃないかと怖くなる。


ちょっと優しくされて、1回の食事で身の上話を聞いたくらいで……なんて簡単な女なんだろうと溜息を吐きながら、今日も家主のいないリビングで先日差し入れられたファッション誌とレシピ本を眺めていたが、ふと思い付いてキッチンへ向かった。


自分の家とは勝手が違うキッチンで、ごそごそと色々な扉や戸棚を開けて見て、意外と調理器具の類いが揃っていることに感心しながら冷蔵庫を開くと、食材らしきものは殆ど入っていなかった。


やはり男の人の一人暮らしだなと思いながら、渡された携帯番号のメモを取り出し見つめること数十秒……ええい!と掛けた電話に出た相手は朗らかに用件を聞いてくれた。


「あの、名字 名前です。」

「名前さん!……どうされました?」

「少し、お買い物に行きたいんですけど……大丈夫ですか?」

「ああ、わかりました。では、15分後にお迎えに上がります。」

「ありがとうございます。」


電話を切って準備をする。が、財布が無いことに気がついてどうしようか悩んでいると掛かってきた電話に驚いた。


「……もしもし?」

「門倉や。買い物行くんか?」

「はい。食事、作ろうと思って……」

「そうか、部下にカード預けとるからそれ受け取って持っとけ。これからはそれで買い物したらええから。」

「あ、ありがとうございます。」

「何言うてんのや。ワシの為の料理じゃろ?……それと、出来たらハンバーグが食いたいわ。」

「わかりました。ハンバーグですね。」

「おう、頼むわ。楽しみにしてるよ。」


はい。と通話を終了させて、何だか新婚みたいと微笑んで携帯電話を見つめる。


門倉さんと出会うまで、こんなにほっこりした気持ちになったことなんてあったただろうかと思い返して、知らない間に辞めてしまった会社について考えていると聞こえたインターホンの音。


前回買い物に付き添ってくれたお兄さんが迎えに来てくれたので、スーパーに行きたいと伝えると彼は嬉しそうな顔をした。


「雄大くんに何か作ってあげるんですか?」

「ハンバーグを。」

「ああ!いいですね!雄大くん、ハンバーグ好きだから。」


運転する彼の隣で、門倉さんとの電話を思い出してふっと笑った。好きな物をねだった彼に可愛いという気持ちが込み上げる。


「門倉さんがハンバーグが食べたいって……。」

「そっか。……名前さんは雄大くんのことどう思いますか?……こんなことになって、嫌いですか?」

「いいえ!優しいし、少しずつ知っていくと可愛いところもあって……何だか、いいなって思ってます。」

「そうですか、よかった。雄大くん、不器用だから。」


ずっと嬉しそうに話す彼を見て、やっぱり門倉さんは慕われてるんだなぁと思いながら「今の内緒にしてくださいね。」と呟くと、到着しましたよと言う彼に続いて車を降りた。




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