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高級そうなマンションの駐車場に車を停めてシートベルトを外すお兄さんを見ながら、逃げるなら今だと外へ飛び出した。
不意討ちだったはずなのに、あっという間に捕まって抱き上げられる形で部屋へと連れて行かれる。
「……やだっ!何するの。」
「貴女を買ったと言ったでしょう。何をしようと私の勝手です。」
密室に二人きりという状況に、いよいよ貞操の危機を感じて玄関へ向かおうとするが軽々と担ぎ上げられ寝室へ放り投げられ小さく溢した悲鳴。
起こそうとした身体の上に、自分よりも随分大きな身体が覆い被さってきたので身動きできずに手足だけでせめてもの抵抗を試みたが、突きだした両手も容易くベッドへ縫い付けられた。
やだと叫ぼうとした唇を塞ぐように強引にキスされて声にならない声だけが部屋に響く。
「んぅ……っ。」
逃げても逃げても追いかけてくる熱い舌が絡められ、先程の勢いが嘘だったかのような優しいキスに思わず抜けた身体の力。私の抵抗が弱まったからか、押さえ付けられていた手が自由になって見上げた先にはお兄さんの顔……よく見ると、整ったその顔にドキっとして、慌てて首を振る。
視線を反らして身体を起こしたお兄さんがそっと私を起こしてくれて、連れられて座らされたリビングのソファーに身体を預ける。
「……やっぱ、無理矢理犯すとか趣味ちゃうからやめた。」
お兄さんの言葉を聞いて犯されるところだったのかと、込み上げてきた恐怖を押し殺して彼を見つめた。
「ワシは仕事も不定期やし、ここにおらんことも多いから……好きに使ってええよ。」
そう言って何かを渡してきたので受け取ろうと伸ばした手が震えているのに気づかない振りをした。
「……帰してはくれないんですか。」
「おどれの事はワシが買うた言うたじゃろ。言っとくけど逃げても無駄やからの。」
精一杯の強がりで、きつめの口調で問いかけても私を買ったと繰り返す彼に、そもそも買われる筋合いはないと詰め寄ろうとしたとき、彼の口から発せられた言葉に顔を青くする。
私の個人情報……家族構成、勤め先、友人の名前。
どうしてそんなこと。小さな声で呟いたが、さっきの賭けの席での彼を含めたスーツの集団を思い出す。やっぱり、裏社会の人なんだ……私が殺されるところだったのも、お兄さんが200万円で私を買ったのも全部本当。
半分受け入れかけた現実と、受け入れたくない脳内が忙しなく騒ぐのをどこか他人事のように眺めて、呆然と彼を見つめていると、苦笑顔のお兄さんに頭を撫でられた。
「あのままやと、賭郎の取り立て対象やったんじゃ。助けてやってんから素直にここにおれ。」
優しく囁くように話しかけられて、悪い人ではないのかもと思う自分は馬鹿なんだろうか。
「……ありがとうございます、お兄さん。」
本当に助けて貰ったなら感謝しないと、そう思ってお礼の言葉を口にする。するとどこか不機嫌そうなお兄さんがぼそりと呟いた。
「……門倉雄大。」
「門倉さん、私仕事とか……」
お兄さんと呼ばれるのが気に入らなかったのか、名前を教えてくれた門倉さんに、これからどうすればいいのか問い掛けようとしたが、返ってきたのはよく分からない返事。
「行く必要ない、その辺も全部こっちで手配する。明日は部下来させるから、生活に必要なものとか買ってこい。」
全部手配するってどういう事?生活に必要なものって、私いつまでここにいればいいの?なんて疑問を口に出来る空気ではなく、戸惑いながらも頷いた。
頷く私を満足気に見下ろした門倉さんは仕事があるからと部屋を出ていってしまった。
1人他人の家に取り残された私は、どうすればいいのかわからず、自分の家にあるものよりもずっと座り心地の良いソファーに身体を沈めて目を閉じる。
起きたとき、全て夢でした。なんて、そんなことにならないかと期待を抱いて深呼吸する。……1人になったことで張り詰めていた緊張が解けたのかいつの間にか意識を手放して深い眠りに落ちてしまった。
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