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よくある裏カジノの別室に呼び出され、仕切ることになった勝負の場。その場の雰囲気にそぐわない女が目に止まりチラリとその女を観察する。
どう見ても……こんなところに出入りするタイプではない。ただ連れてこられただけかと横目に見ながら立ち会った勝負。
みるみるうちに敗けを重ねた女が、賭朗から自らを担保に借りた金が底を尽きると、先程からぼうっとしている……言ってしまえばこの場では完全に浮いている女……名字 名前を担保に金を借りたいと言い出した。
まあこんなことはよくあることだし、自分が口出しすることではないと最後に本人の了承を得るため声を掛けた。
普段踏み入れない世界に脚を踏み入れたせいか精神的疲労をその顔に滲ませて、返事をしない女に少しだけ大きな声で呼び掛けると、はっとしたように此方を見上げたのでもう一度説明する。
「……ですから、名字様。貴女を担保として賭朗から200万円借りたいとご友人が仰っていますがいかがなさいます?」
「……え?200万円……担保?」
やはり聞いていなかったとうんざりしながら口を開こうとすると悲壮な顔をして賭けをしていた女が彼女にすがりついて頼みだすのを黙って眺める。
「名前!お願い!私このままじゃ殺されちゃう!」
先程から様子を窺っている限り、この二人に大した絆を感じなかったので……断るだろうと撤収の段取りを頭で組み立てていたところ、名字 名前から寄越された視線に気付いて彼女が怖じ気づいて断るような言葉を並べた。
「ご友人は掛け金が底を尽きて、ご自身を担保に200万円借りたのですが……それも無くなってしまったようです。私どもは200万円の代わりに、貴女のご友人の身体……血の1滴まで残らず金に替えて回収させてもらうつもりでしたが……」
「まだ私がいるからお金を借りて、敗けを取り戻したいってことですね。」
「左様で。」
察しは悪くないようで、理解した内容とこれから迫られる選択に悩む様子を見せる彼女に眉を寄せた。
お前は一般人なのだから、さっさと断ってここから出ていけ。そして今日のことは忘れるのが幸せだと、口には出さずに呟いて、はたと固まる。
どうして初対面の女が裏の世界に脚を踏み入れようと……いや、正確にいうと取り立ての対象になろうとしているのを回避するよう願う必要があるのだと自らに問いかけた。
何か思い悩むような顔をしてうつ向いた後、鋭い眼差しで此方を見上げるその瞳にぞくりと沸き立つものを感じたのは気のせいだと思いたい。だが、彼女が選んだ答えについつい上がった口角を掌で隠した。
「……わかりました。私を担保にしてください。」
「よろしいので?」
「じゃないと彼女、死んじゃうんでしょう?」
わざわざ答える必要もないと、彼女に背を向け部下に200万円を寄越すように指示する。背中に注がれる敵意を持った視線を感じながら最後の勝負開始を告げた。
やはりというべきか、最後の頼みの綱である200万円もあっという間に無くなって、賭けの席へ座る女を連れていくよう部下達に指示する。
名字 名前をどうしようか、このまま賭朗ルートで200万に代えられるのは惜しいと考えていたとき聞こえた声に、そちらを振り返った。
「待って!どこつれていくの?」
「……貴女には関係のないことです。邪魔をすると粛清ですよ。」
見れば彼女が部下の腕を掴んで止めようとしているところで、暴力こそ振るわれなかったものの……振り払われてよろけた身体を受け止めてやる。
「見たところ一般人ですね……随分な友人をお持ちで。」
「たまたま再会して……。」
「巻き込まれたわけですか……。」
やはりな。とひとりごちて、この女の何がそんなに気になるのか……失礼ながら品定めするよう上から下まで眺めていると、挑発的に睨み上げてくる視線に気付いてクツリと漏れた笑い。
「立会人!次はそちらの方を!」
取り立て対象なのだから当たり前だが、彼女を連れていこうとする部下を視線で制して咄嗟に口をついた言葉に、何だ…自分はこの女が欲しかったのかと意外なほどすっきりした気持ちになった。
「いや、彼女の身柄は私が預かる。200万円は私が出そう。」
「わかりました。」
言及することもなく、さらりと下がった察しの良い部下に感謝しながら彼女の顎を掬って、じっと瞳を覗き込んだ。
「たった今、貴女は私が買いました。変な友人に付き添ったのが運の尽きと諦めなさい。」
「……買ったって?」
「200万円、私が立て替えたのです。……臓器ごとに分けられて金に代えられるより、私に買われるほうが些かマシでしょう。」
不安に揺れる瞳を見ながら、この女が欲しくなった理由を必死で考えたが思い付かずに小さく呟く。
「ただの気紛れです……。飽きたら解放して差し上げます。」
自分への言葉なのか、彼女への言葉なのかわからないなと苦笑しながら車のエンジンをかけた。
不安そうに自らを抱き締める彼女を横目に、今までの自分では考えられない行動に、戸惑いよりも良いものを手に入れたという喜びを感じて綻ぶ口許を指でなぞって、自宅へと車を走らせた。
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