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一般の企業に就職して、上がりも下がりもしないお給料をもらいながら人並みに生活していた。中々取れない有給も、理不尽に感じる上司からの言葉も何とも思わないと言えば嘘になるけれど、現状に不満だった訳でも、不幸なわけでもなかった。


そんな平凡な日々を送っていたのに、休日に街を歩いていたとき掛けられた声。興奮ぎみに話してくるその女の子は……中学の同級生らしい。曖昧な記憶を辿りながら話をして、予定がないなら少し遊ぼうと言われ頷いたが最後。あのときに戻れるなら今すぐ戻って頷いた自分に断れと叫びたい。


かつての友人に連れて来られたマンションの一室で、お金が飛び交う様を見て絶句した。テレビや映画の世界の話でしかないと思っていた違法なカジノ……それが目の前に広がっている。


帰ろうとする私を引き留めて見てるだけでいいと言う友達に押しきられて、その場に留まってしまったのも今後の人生における失態として記録していいだろう。


私の見ている前で随分敗けた友人が、一発逆転だと声をかけたご老人……なにやら個人的に大金を掛けた勝負をしてくれるらしい。彼について別室に案内されたところで現れた賭朗とか名乗るスーツの男の人たちの佇まいに身を縮めて、友人の賭けを見守った。


余りにも現実感のない空気に、精神的な緊張が限界に達したのかぼうっとしていたときに私に掛けられた声にはっとして相手を見る。


眉を寄せて私の返事を待つ彼は、高い身長によく似合った長いスーツを着て、左目には黒い眼帯、白い手袋をしていた。


「……ですから、名字様。貴女を担保として賭朗から200万円借りたいとご友人が仰っていますがいかがなさいます?」


「……え?200万円……担保?」


突然意味のわからない質問をされて困惑する私に、悲壮な顔をした友人がすがりついてくる。


「名前!お願い!私このままじゃ殺されちゃう!」


物騒なことを言う彼女にぎょっとして、眼帯のお兄さんをチラリと見ると、私の視線に気づいたお兄さんが説明してくれた。


「ご友人は掛け金が底を尽きて、ご自身を担保に200万円借りたのですが……それも無くなってしまったようです。私どもは200万円の代わりに、貴女のご友人の身体……血の1滴まで残らず金に替えて回収させてもらうつもりでしたが……」


「まだ私がいるからお金を借りて、敗けを取り戻したいってことですね。」


「左様で。」


意地悪な顔をして私を見下ろすお兄さんと、顔面蒼白な友人を交互にみて溜息を吐いた。


こんな話……普通なら嘘だと笑うべきだろうけど、スーツの彼らから感じる威圧感が現実離れした話に生々しさを与えていて、断ると彼女は死んでしまうと頭のどこかでそう確信した。


「……わかりました。私を担保にしてください。」


「よろしいので?」


「じゃないと彼女、死んじゃうんでしょう?」


私の質問に答えず、部下らしき人に指示して200万円をテーブルに置いた彼の背中を睨み付けた。





やっぱりというべきか、私を担保に借りた200万円もあっという間に無くなったとき、眼帯のお兄さんが友人を連れていくよう指示する。私は彼らの腕を掴んで質問した。


「待って!どこつれていくの?」


「……貴女には関係のないことです。邪魔をすると粛清ですよ。」


スーツの男に振り払われてよろけた身体を眼帯のお兄さんに受け止められる。


「見たところ一般人ですね……随分な友人をお持ちで。」


「たまたま再会して……。」


「巻き込まれたわけですか……。」


品定めするよう私をじろじろ見る彼を威嚇するよう見上げて、精一杯の怖い顔を見せる。


「立会人!次はそちらの方を!」


スーツの1人が眼帯お兄さんへ声を掛け私をちらと見遣ったので、ああ私も連れていかれるんだと諦め掛けたとき。


「いや、彼女の身柄は私が預かる。200万円は私が出そう。」


「わかりました。」


お兄さんに顎を掬われ、じっと見つめられる。


「たった今、貴女は私が買いました。変な友人に付き添ったのが運の尽きと諦めなさい。」


「……買ったって?」


「200万円、私が立て替えたのです。……臓器ごとに分けられて金に代えられるより、私に買われるほうが些かマシでしょう。」


また物騒な言葉が聞こえて身を縮めていると、手を引かれてついてこいと車に乗せられる。


「ただの気紛れです……。飽きたら解放して差し上げます。」


どこへ向かうかもわからない車のなか、楽しそうに笑うお兄さんを見てこれからどうなるかわからない不安と恐怖に、自分の身体を抱き締めた。




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