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□うちのが世話になりまして
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あの弥鱈立会人が可愛がっている黒服がいると賭郎内で噂を聞いて数ヶ月。実際目にしたことはないが、彼が例の黒服を可愛いがるエピソードは度々耳にした。


立ち会いの度に家まで送り届けているらしいだとか、危ない現場には連れていかないらしいだとか……よくもまあ甘やかすものだと思うものばかりだった気がする。


自分としては興味も、ましてや噂話に参加するほどの野次馬根性の欠片も持ち合わせていなかったのだけど。


先日大規模な賭けの立ち会いで手持ちの部下だけでは足りず、仕方なしに賭郎に黒服を数名貸してほしいと申請した。まさかその中に噂の弥鱈立会人の"お気に入り"が含まれているとは思いもしなかった。


手伝いに派遣された黒服に手短に挨拶を済ませ、その日の立ち会いについて説明して各自の役割を指示する。その際、1人トロくさそうな女がいたので自分の目が届く所に置くことにした。


そのトロくさそうな女……名字 名前は、実際は想像よりも気が利いて働きやすかったし、緊張感漂う現場でちらりと様子を窺う此方の視線に気付いてふにゃりと笑みを寄越してくるのに一々心踊らせ、自分の部下に欲しいと思い始めた頃に終わった立ち会い。


撤収作業を行う部下達に労いの言葉を掛けてから、バラけていく人の中1人になった名前に近付き声を掛けた。


「今日は慣れない私の下での業務お疲れ様でした。……普段は誰かの下に就いているのですか?」


「門倉立会人!お疲れ様です。わざわざありがとうございます。……普段は弥鱈立会人の補佐をしております。」


その言葉を聞いた瞬間悟った。この女が例の弥鱈立会人の"お気に入り"だ、と。あの餓鬼のお気に入りだとしても聞き流した程度の噂によると恋仲ではなかったはず……同じ女に心乱されたと思うと面白くなかったが、何か燃えるものを感じなかったと言えば嘘になる。


「弥鱈立会人の……。ということは、名字さんが例の彼のお気に入りの部下、なのでしょうね。」


「お気に入りだなんて、そんな!女性が少ないので、気を使って下さっているだけですよ。」


彼女の言葉から弥鱈への好意の有無を量り切れず顔を覗き込むが、少し恥じらう様子にここは押しでいくかとストレートに誘いを掛けた。


「そうですか……私は今日、貴女のことが"お気に入り"になりましたがね。どうです?この後食事でも。」


「えっ、2人でですか?」


驚いて辺りを見渡す彼女に更に一歩近付いてじっと目を見つめる。


「ええ、デートのつもりで誘ったのですか。」


「……弥鱈立会人に怒られないかな。」


「なぜ彼に怒られるのです。」


「門倉立会人には気を付けろと……あっ!内緒にして下さいね、今の。」


「クッ!……食事にお付き合いして下さるのなら。」


まごつく彼女に考える余裕も与えぬように素早くエスコートして、雰囲気の良さそうなレストランへ車を走らせた。


目的地へ着いてからも素敵なお店だと瞳をキラキラさせて喜ぶ様子や、自分の話に楽しそうにリアクションを返してくる姿に年甲斐もなくはしゃいで何時もより口数も多くなる。いよいよ本気でこの女が欲しいと思い始めた頃、少し酔ったという名前。


ここまでくると人たらしも良いところだ、この様子で男を勘違いさせてきたのだろうと溜息を飲み込み、初めから下心を見せるのもどうかと考え、紳士的に自宅まで送り届ける。


明日本部で奴から何かしらのアクションがあるだろうと笑いを溢しながら自らも帰宅した。




翌日……今現在、自分の前に立つ弥鱈からは號奪戦さながらの殺気がありありと見てとれる。


「珍しいですね……弥鱈立会人が私にお話なんて。」


「ええ……私、ヤンキーは嫌いですから。出来れば余り関わりたくは無いんですけどねぇ。何せ、うちのが昨日お世話になったようなので。」


やはり名前のことかと唇を吊り上げる。やけに"うちの"を強調して発した言葉と睨むような視線で眉を上げた彼に、失敬と言葉だけで謝って歪めてしまった口許を掌で覆う。


「……うちの、とは随分な仰りようで。」


「ええ、うちのです。食事までご馳走してくださったそうで……。」


「食事に関してはプライベートなので、弥鱈立会人にお礼を言われるには及びませんよ。」


ひくひくと口許を引き吊らす彼を、ついつい不謹慎な顔をして見下ろす。不意にキッと鋭く射抜くよう見上げてくるので、姿勢を正して彼の言葉を待った。


「プライベート、ね。言っておきますが門倉立会人、貴方がそのつもりなら私だって本気でアプローチします。」


「私は弥鱈立会人がどう立ち回ろうと、端から本気です。ですが、そう仰るなら……受けて立ちますよ。」


「貴方に名字さんは渡しません。」


「お手並み拝見……とさせていただきましょうか。」


これからどう口説き落とそうか……目の前の男からの妨害も予想できるし、厄介な相手を選んでしまったものだとひとりごちて、さっそく広まりつつある新しい噂に苦笑するばかりだった。



"門倉が弥鱈のお気に入りに手を出した!"







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