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□始まりはお節介
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どうして、どうして!こんな事になっているかって私が聞きたい。普段は仕事が終わるとすぐに帰るのに、たまたま本部近くのカフェが気になって寄り道をした。まさかそこで能輪立会人に出会すなんて。


私を見つけた能輪立会人は、挨拶もそこそこに目の前に車椅子を停めてメニューを見始めた。私にはただただ黙って能輪立会人の次の行動を待つという選択肢しか用意されていない。


「して、名字掃除人。賭朗の男共で、誰か名字掃除人のタイプの者はおらんか?」


「……急にどうなさいました?」


「いやの、名字掃除人は中々に人気があってな。仲を取り持ってくれと頼まれる事が多々あるのだが、本人が良いと言う者がその中におったら話は早いと思ってな。」


そこまで聞いて考える……。確かにここ数年、賭朗内で何度か告白されたことはある。これが人生に数回訪れるモテ期かと女としての自信を補充させてもらい、それだけで充分だったので、告白してくれた相手には悪いが丁寧に断っていた。それでもモテ期は続いていたらしい。


直接告白されるなら、相手からの緊張感と私への好きだという気持ちを向けられることで女として評価されたように感じて心の潤いへと変えられた。


だが、大抵の立会人や掃除人なら頭の上がらない能輪立会人に相手との仲を取り持たれるとなっては良いとこ取りなんて出来なくなる。


男女の付き合いなんて、こんな世界に身を置く私にしたら面倒なことでしかない。少しのヘマが自分の命に関わることだってある。そこへ加えて、身を案ずる相手が出来たら……そこまで考えて向かいから注がれる私の返事を急かすような視線に気付いてはっと顔を上げた。


「……どうじゃ?目ぼしい者はおったか?」


「いえ、急なお話だったので……考えておきます。」


取り敢えずこの場を逃げ切ってしまえば、能輪立会人と顔を合わせることなどそうそうないしと言葉を濁そうとするが、そうはさせないと話を続けられた。


「名字掃除人の希望がないのなら、ワシが適当に見繕って場を設けようか。」


「….っ!いえ、おりました!お恥ずかしいのですが…………門倉立会人が私の好みです。ですが、彼は私なんて相手にしないでしょうね。素敵なお方ですし。」


名前を出しておいて申し訳ないが、門倉立会人とは何度か現場でご一緒した時に当たり障りのない会話を交わした程度だし、年齢的にもお付き合いというには些か上のはず……能輪立会人のいう者達の中には含まれまい。


これで私の片想いと失恋という形で丸く収まるだろうと能輪立会人の反応を窺う。


「そうか!門倉が好みか!よかったよかった、それなら何とかしてやれるわ!」


「え……、どういう…。」


「そうと決まれば早い方が良いな!名字掃除人、では追って連絡する。」


私の返事を聞くなりテンションを上げて、慌ただしく去っていった能輪立会人の残した言葉を思い出す。


何とかしてやれる?


それって……まさか、ね。そうだ、そんな筈はない。相手だって、私だって、お互いそんな素振りはなかった、大丈夫だ。気を取り直して冷めてしまったラテを口に含んで飲んだら帰ろうと思っていると携帯に着信が入った。見たことのない番号に一瞬躊躇ったが、業務連絡だといけないので咳払いを1つ溢して応答する。


「お疲れ様です名字掃除人、門倉です。」


…………まさか、だった。いや、でも。能輪立会人を通してしまった以上、冗談でしたでは済まされない。頭を抱える私とは反対に、耳元で聞こえる門倉立会人の声。


「御大から大方の話は伺いました。前々から私も貴女の事を気にかけておりました故……この門倉、少々舞い上がっております。つきましては、今日この後食事などいかがでしょう?」


「……それはもう。はい、嬉しいです。」


これは何かの縁だと覚悟を決めて、門倉立会人と食事に行く約束をする。では後程お迎えに上がります。と切られた電話に、ディスプレイを見て溜め息を吐いた。


自己嫌悪に陥りながらさっきの通話を思い返して、あれ?門倉立会人ってあんなに明るく話す人だったかな?そんな疑問が浮かんだ。そのことを考えれば考えるほど……だめだ、案外、そうなのかも。







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