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□作りすぎてしまっただけです。
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一人暮らしも数年続くと年末の大掃除だとか慌ただしさにも慣れてきて、今年は実家に帰らずごろごろ家で過ごそうと目論んで食材を買い込んでキッチンに立っている。


大晦日だお正月だとはしゃぐほどではないのだけれど、それらしいことをしないと何だか寂しい気がして、簡単にだが煮物を作ったりしておせちらしきものを拵えた。


一人分なのでと使い捨ての容器に料理を詰めていく。こんな時、世の中つくづく便利になったものだと感心する。使い捨てでもお正月感漂う容器には安っぽさなんて全くなくて、こんな時しか使わないので2つ入っていた容器の1つを残しても仕方ないと出来上がったミニおせちは2つ。中々の出来に満足しながらおせちを眺めていたが、問題はもう1つをどうするかだ。


どうしたものかと悩んでいると聞こえてきた隣人の帰宅を告げる物音に閃いてドアを開ける。


私が一人暮らしを始めたときには既に隣に住んでいたお兄さん。時々顔を合わせるので挨拶はするのだが、何をしている人なのか全くの謎だ。


どこぞのヤンキー漫画を連想させる裾の長いスーツを着て、眼帯をしている。少し前まではリーゼント頭だったが、眼帯デビューと共にさらさらストレートヘアに変わった。


そんな怪しげな見た目とは裏腹に、休日なのか家にいる音が聞こえるときは掃除機の音や洗濯機の音が響いてくるところが何だか可愛い。


絶対に関わらない方が良いと頭ではわかっているのに、本能の部分では好奇心が勝ってしまって。ただの隣人から一歩昇格しようと思いきっておせちを渡そうと決意した。


私が突然飛び出してきた事にビックリした様子の隣に住むお兄さんは声こそ出さなかったが、眼帯に覆われていない右目を微かに見開いてドアにかけていた手を止めた。


「あの、隣に住んでいる名字 名前です。お兄さん、一人暮らしですよね?」


「はぁ、まあ。」


明らかに怪訝な顔で答えるお兄さんの手にはコンビニの袋……中身はビールとおつまみに見えた。これはチャンスと自分に言い聞かせて声を絞り出す。


「おせち作ったんですけど、って言ってもなんちゃってと言いますか……おせち風のお弁当と言いますか。」


「ああ、今日は大晦日でしたね。」


それがどうしたという様子で今度こそ中へ入っていこうとするお兄さんに大きな声で言った。


「で!それが!作りすぎて2つ出来てしまって……もし、迷惑じゃなければ…………貰って欲しいなって。」


ダメですか?と私より随分高い位置にあるお兄さんの顔を伺う。


「名字さん貴女もお一人でしょう。隣人の、しかも男……そんな人間に簡単にそういうことをされると後で怖い目に遇いますよ。」


今度は呆れ顔のお兄さんにやっぱり迷惑だったかな、他人の、しかも時々挨拶する程度の隣人に手料理なんて渡されたら気持ち悪いよねと慌てて謝ろうと手を振って笑顔を作った。


「すみません!迷惑でしたよね、自分でなんとかします。」


「いいえ、迷惑とは言っておりません。有り難く頂戴します。」


今度は私がびっくりする番だった。ぽかんとする私にクックッと笑い声が聞こえてきて、恐る恐る見上げると目を細めて笑うお兄さんがいた。


ああこの短い時間に色んな顔を見たなと思いながら直ぐに取ってきますとキッチンに走る私の背中に掛けられる柔らかい声。


「急がなくても待っていますよ。それから私は門倉です、門倉 雄大と申します。」


門倉さん。


何度か彼の名を呟いて、緩んだ口許を引き締めてから玄関を開けた。その間に荷物を家に置いて来たらしい門倉さんが早かったですねと笑いながら細長い紙袋を渡してきた。


「頂き物で申し訳ないのですが、お礼に。良ければどうぞ。」


チラリと中を覗くと見るからに高そうなワインだったので、貰えませんと首を振るが、何だか意地悪な笑顔を浮かべた門倉さんはまた私を驚かせた。


「それなら、一緒に飲みますか?私の家で。」


突然の誘いにあたふたしていると、クスクス笑いながら頭を撫でられた。


「冗談です。独り者の男に手料理なんか渡すとこうなるんですよ。まあ、貴女が良いと言うなら本当に一緒に飲んでも良かったのですけどね。」


では、良いお年を名前さん。そう言ってドアを開けようとした彼の手を掴んでしまった私は、どうぞと促されるまま隣人宅へ足を踏み入れた。



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