short


□Merry Christmas!
1ページ/1ページ



突然呼び出しの電話を受け、現場が近かった為徒歩で向かう途中にすれ違う人の波を右目で捉え、どうしようもなくやるせない気持ちを白い息と共に吐き出す。


すれ違う人達は皆どこか急いでいるように見えた。裏路地に入ったところで見つけた野良猫でさえも小走りに何処かへ向かっているようだった。


年末の雰囲気も相まって浮かれた会員達が賭け事を繰り返すので、どうしても忙しく本部で出くわす立会人達もどことなく疲労の色を浮かべている様に見える。


「こんな忙しい時期にクリスマスなんか言い出したんはどこのどいつじゃ。」…別にキリスト教徒でもないのだけど、恋人がいるとなれば話は別だ。ブツブツ文句を言うが、それを拾って笑ってくれる彼女は隣にはいない。


ここまでやる気が出ないのなら、先程の夜行立会人の電話にいいえと拒否を示せば良かったのだが…いや、言えんな。「彼女と約束があるので。」なんかどこのケツの青いガキじゃ。自嘲を溢してアスファルトを踏み締めた。


去年は張り切ってツリーやら何やら飾ったりして、ワシの部下呼んでパーティーしたの。名前のこと結婚考えとる女や言うて紹介したときのあいつらの喜び様……ええ部下持ったわ。


感傷に浸るように思い返していると、現場であるビルに着いた。中に入る前に今夜は遅くなるかもしれないと彼女に電話を入れる。


電話をかけたところで、「仕事だから仕方ないね、気を付けてね。」と此方を労る言葉を掛けてくれるだけだ…クリスマスなのに!すぐに帰って来て!とごねてくれれば謝るだけで済むのに。それをしない彼女のいじらしさに、罪悪感とそれに勝る愛しさが込み上げて吊り上がる唇を引き締める。


イヴだクリスマスだと女々しいのは自分の方だなと苦笑混じりにビルの中へと足を進めた。






結局、時間の掛かる勝負になってしまい腕時計をそっと覗くと真上を向いて重なった針に知らず知らず眉間に皺がよっていたらしい。


此方を見ていた夜行立会人がにやにやと笑いながらだが気遣いの言葉を掛けてくれる。


「門倉立会人、あとは私に任せて下さって結構。彼女を待たせているのでしょう?貴方にしては珍しく上の空でしたね。」


大先輩の前でしまったと思ったが、そんなことすらどうでも良いくらい彼女に早く会いたかった。短く礼を述べると大した距離でもないのに大通りまで走ってタクシーを捕まえる。


停まったタクシーに飛び乗るようにして、行き先を告げてまだ起きているだろうかと考え窓から外を覗く。するとビルを出たときに降りだしていた小雨が、白い雪に変わっていた。


日付も変わってしまった挙げ句1人タクシーに乗り、プレゼントすら用意出来ていない。まるで格好のつかない自分に止まらない溜息を大きく吸い込む。


そんな状態でもなんとか喜ぶ顔が見たくて。彼女の待つ家に着いたら電話を掛けて「雪が降っとるから窓から外見てみろ。」とでも言って素直に窓から外を覗くであろうその背中にそっと近づいて抱き締めようか。


驚いて振り返ったその顔にキスをして、今日取りに行けなかった指輪を明日一緒に取りに行こうと言うとどんな顔をするのか、そんなことばかり考えながら携帯の電話帳から名前の文字を直ぐに見つけ出して通話ボタンを押した。




.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ