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□選べません。
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いつもより少しばかり大掛かりな勝負になると言われて、念のために現場待機となった私を挟んで繰り広げられる意図の掴めないやり取りにただ、ただ困惑する。
仕事自体は弐號と弐拾八號のお二人がしっかり取り仕切ってくれたので、負け方の最後の悪足掻きとやらで銃を乱射した側近を数人掃除しただけで終わったのだけれど。
仕事が終わった現在の方が異様な緊迫感に包まれていて、心なしか血中酸素濃度が下がっている気がする。それくらい息苦しい威圧感を放つ二人に挟まれて立っているのだ。
無言でやり過ごそうと黒服達が後始末をする様子を眺めていると、見た目のヤンチャさをカバーするかのような笑顔を貼り付けた左側に立つ彼が先に言葉を発した。
「お疲れ様です、名字掃除人。わざわざ貴女にまで来ていただき感謝しております。長時間の待機でお疲れでしょう?この門倉がご自宅までお送り致しますよ。」
「…いえ、自分で帰れるので大丈夫ですよ。」
一刻も早くこの場を立ち去りたい一心で早口に答えるが、右側に立つ猫背の彼がプッと吹き出す音が聞こえた。
「門倉立会人には送って貰いたくないんですってぇ。私が送って差し上げますよ、名字掃除人。」
「いえ、それも結構です。」
そんな事は一言も言ってない、がいちいち返していても巻き込まれるだけだと判断してひたすら目の前の光景を眺めることに集中しようと、何処からか飛んできたシャボン玉を手で払った。
「弥鱈立会人、私が先に申し出たのですよ。」
「先だとか後だとか関係あるんですかぁ?名字掃除人がどちらに送ってもらいたいかでしょう。」
「…まあ、それもそうですね。」
「そもそも、先だ後だと言うなら私は門倉立会人が言い出す前から名字掃除人のことを送ろうと思っていました。」
「まったく…大人げないですね。思っていたなど、そんな事言い出したらきりがありませんが、私の方が名字掃除人を慕っているという事は譲れませんよ、噂でも聞いたことがおありでしょう?弥鱈立会人が横槍を入れる隙などないでのすよ。」
「大人げないって私、貴方より若いですから。それに今の言葉は聞き捨てなりませんねぇ。私の方が名字掃除人のことを好きです、断言できます。噂にはなっていませんが。」
聞き捨てならないのは私の方だ!そんな噂も知らない!そう心中で叫ぶが、表情に出してはいけない。ポーカーフェイスを貫くのだ、存在感を消すのだ。そうして二人の私の何処が好きだとか付き合ったらどうするだとか、そんな口喧嘩を聞き続けているとやっと撤収の合図が出てほっとする。
そもそも、先程まで聞こえていたやり取りは本来ならぶつける相手を間違っている。そんな事は本人…私に情緒たっぷりにでも告げるべきことだ。男二人が睨み合って交わす会話ではない。喧嘩のネタにされたなと解釈してその場を去る準備を始める。
「…どこ行くつもりですかぁ?名字掃除人。」
「まだどちらがお送りするか決まってないのです。もう少しお付き合いください。」
私に二人とも断るという選択肢は存在しないようで、左右両側から手を掴まれて身動きが取れない。
「えっと…」
「「もちろん、私ですよね?」」
交互に見つめてみても、二人の瞳に宿る熱っぽさは先程までのやり取りが喧嘩のネタでは無いことを物語っていて。思わず唾を飲み込む。
「………三人で帰りません?」
舌打ちとシャボン玉の弾ける音が聞こえた。
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