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□妥協点
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廊下を足早に歩く私の前に立ちはだかる隻眼のお兄さん。見つかったと思ったときには既に逃げられない距離まで迫ってきていた彼にぎこちなく微笑む。



行く手を阻むように壁につかれた手を退け話しかけずに通り過ぎようとしたが、呆気なく壁と彼の間に閉じ込められた。



「ねえ、雄大。私今日は自分の家に帰るよ。」



所謂"壁ドン"のポーズもこんなに凄まれたら色気も何もあったものじゃない。



「何でじゃ。泊まればええやろ。」



その誘いを断れずに半月近く家を開けてしまっている。もともと家事も自炊もこんな不規則な仕事のせいで余りやってなかったお陰で冷蔵庫の中身の心配はなかったが、それでもたまには家に帰りたい。



何よりこの男の相手を毎日していると身が持たない。




「ずっと家開けたままだと心配だし、シャツやネクタイだって新しいの買ってばかりも勿体ないし………ゆっくり寝たいの。」



最後の言葉が本音なのだが、呆れたように返してくる彼。



「いつも終わったあとぐっすり寝とるじゃろ。」


「それは!雄大のせいで…」


「ククッ、ワシが何やて?」


意地悪く笑う彼から目を反らしていると彼が思い付いたように話し出した。



「じゃあ、名前の家に荷物取りに行くかの。…で掃除と洗濯手伝ったるから泊まりに来れるね。」



私の言いたいことはそうじゃない!その気持ちを込めてじっと見つめるが、彼は右目を細めて、解決やねと満足気に笑った。



強引に連れて来られた車中で先程の続きとばかりに話を切り出す。



「…泊まるのはいいけど、毎日するのはちょっと。体力的にきついっていうか…ちょっと減らしてくれると助かるんだけど。」



ハンドルに凭れ掛かった彼が睨むように覗いてくる。



「どういう意味や。ワシとするんが嫌やって?」



「違うってば!毎日はできないって言ってるの。しつこいし。」



私の言葉を聞いて少し考える仕草をした後、



「…じゃあ1日1回までにするわ。」



シートベルトを締めてご機嫌にクルマを発信させながら、そろそろ一緒に住むのもええねと呟く彼に何を言っても無駄だと悟った。




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