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□噛み合わない
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膨大な仕事量にうんざりしてきた頃、上司である泉江さんに休憩してこいと言われて近くの喫茶店に入ったのが数分前。



私の目の前には何故だか普段あまり関わらない弥鱈立会人が座っている。突然現れ目も合わせずに挨拶されたまではよかった、そうよかったはずだ。



「こんなところで、奇遇ですね名字さん。休憩ですか?」



「お疲れ様です、弥鱈立会人。そんなところですね。」



これで私達の会話は終わり。


彼から視線を外し、読みかけだった雑誌に意識を戻す。だが、なかなか立ち去らない弥鱈立会人を不信に思い彼の方を見ると、思いもよらない言葉を掛けられ目を見開くこととなった。



「…貴方がそこまで仰るのなら仕方ありませんねぇ。ご一緒致します。」



…は?いえいえ、言ってません、言ってませんよ弥鱈立会人。と口から出かかった言葉を飲み込むくらいには凄みの効いた視線がこちらへ寄越されていたので大人しく口を紡ぐ私の前の席へ座り会話らしい会話もなく現在に至る、のだ。



「えっと、弥鱈立会人も休憩ですか。私そろそろ…」



言いかけたところで



「いいえ、名字さん。貴方が此方へ入っていくのを見かけたものですから…まだ来て10分と経ってないでしょう。ゆっくりして下さい。」



……出来ませんけど!話すわけでもなくただ目の前でまじまじと此方を見られて、というより観察されてゆっくり休めるわけがない。せっかくの休憩が、と少し恨めしい気持ちを込めて弥鱈立会人を睨むが彼は何時もの風船を飛ばし、目を反らしはにかみながら言った。



「あんまり見つめられると恥ずかしいんですけどぉ。今日はこの後何も仕事は入ってませんので、空いていますよ。何が食べたいですか?」



…だ、か、ら!睨んでくる姿が怖いので何も言えずに口許が引きつるだけの私を無視して続ける。



「名字さんの終わる頃にお迎えに上がります。何時頃になりそうですか?」



何を言っても無駄なのだろう諦めたほうが早いと悟った私は、どうせなら美味しいものをご馳走してもらって食べるだけ食べてさっさと帰ろうと決め、



「お寿司ならご一緒します。」


にっこり答える。



「では、これで晴れてお付き合いと言うことで間違いありませんよね?」



ちょっと待ってと反論するよりも早く、伝票を持って立ち上がった彼の残した風船だけが私の前で漂い続けている。



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