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□どうせなら一歩進んでみませんか
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思ったよりも仕事が長引いてしまった。時計を見て、化粧直しもそこそこに慌てて会社を出る。
やっかいなクライアントの担当になってしまって最近忙しいという彼から「今夜食事でもいかがでしょう?」とお誘いがあって浮かれていたのに。
電車に飛び乗るように駆け込んで、乱れてしまった髪を整える。窓ガラスに映る自分の姿を確認して、こんなことならワンピースでも着てくればよかったと溜め息を吐いていると鞄の中で震えた携帯電話。そっと開いて確認すると、彼からのメッセージだった。
"お迎えに上がれなくて申し訳ありません。今から駅に向かいますので、名前さんが着く頃に連絡下さい。"
何時もの丁寧な口調に苦笑しつつ、返事を返す。
"私も今向かっています。あと10分ほどで着く予定です。"
送信ボタンにタッチする瞬間、彼の顔が浮かんで思わず笑顔になる。お付き合いというには距離のある関係だが、それでも私達にはお互いを想い合う気持ちは確かにあって……どちらかが言葉にしてしまえばどうなるだろうとそればかり考える。
待ち合わせの駅に到着して少し小走りに改札を抜け、外に出て彼の姿を探した。なかなか見当たらず、まだ着いていないのかと歩く速度を緩めた時に聞こえた私の名前を呼ぶ声に振り返るとビシッとスーツを着こなし姿勢良く立つ彼が目に入った。
「妃古壱さん、待ちました?」
「いいえ。名前さんが走ってくる少し前に着きました。」
「……見てたんですか。」
早く会いたくて走っていたところを見られていたことに顔を赤くして彼を見上げた。すると、彼の髪が少しだけ乱れているのに気がつく。私の視線に気づいたのか、髪を手櫛で撫でながらクスリと笑った彼が肩を竦めた。
「……お互い様ですがね。」
その言葉を合図に流れるように車までエスコートされた。助手席のドアを開けてくれたので、乗り込もうとすると座席には綺麗にラッピングされた紙袋が1つ。
「……爺の憧れです。」
紙袋を膝に乗せて、助手席に座ると掛けられた言葉に驚いて彼を見た。彼の視線が、中身を確認するよう促すのでラッピングを解いていく。
「わ!素敵なワンピース!それに靴まで……わざわざ用意してくれたんですか?ありがとう!」
「いえ、自分の為ですよ。」
「……?」
「貴女がこれを着たところが見たくて、買う為に寄り道したので迎えにも行けませんでしたしね……勝手をお許し下さい。」
少し照れくさそうにハンドルを握った彼を見つめていると溜息混じりに頬を撫でられ、ごつごつと少し乾燥した素肌にドキリとして思わず目を反らす。
「男が服を贈る意味をご存知でしょう?」
「……はい。」
「そういう風に受け取って下さい。後で着替えて下さったら、了承と判断しますので。」
それきり前を向いて運転する彼の横顔を見つめて、手元の紙袋をぎゅっと握りしめるしか出来ずにこの後のことを想像しては込み上げてくる気恥ずかしさに顔を赤くした。
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