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□想像力と行動力が豊かすぎます
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普段は脚を踏み入れない部屋で、余計なことを言うと粛清してやるという気迫を感じさせる夜行掃除人の視線と、お屋形様の望む答えを言いなさいと無言のプレッシャーをかけてくる棟耶立会人の視線を浴びて、上質な皮のソファーに座る私を誰でもいいから助けてほしい。


都合の良いときだけ現れる神様に祈りながら伏せていた目をそっと上げると、そこには無表情なお屋形様がいる。


「……どうかな?苗字立会人、否……名前って呼んだほうがいいか。」


「いえ、どうと言われましても……私には突拍子も無さすぎて、判断がつきかねます。」


重すぎる沈黙を破ったのは、この状況を作った張本人のお屋形様。破られた沈黙は、両隣に控えている……暴も知も私なんか到底足元にも及ばない二人から注がれる視線のせいで再び重くのし掛かったのだけど。


「お屋形様が、結婚適齢期だと言うことは確かです。ただ、そのお相手が私というのは……」

「小娘、お屋形様からの求婚を無下にする気か。」


私の言葉を遮るように部屋に響いた声に肩を跳ね上げた。私を見る夜行掃除人の顔が怖すぎる。


「無下に、と言いますか、その、お屋形様と私は……」

「難しく考えなくて良いのですよ、苗字立会人。これからはお屋形様ではなく、一人の男として、彼と接していけばいいのです。」


怯えながら、私とお屋形様は今までお付き合いや男女の関係など一切ないと言おうとしたところで、諭すように肩を叩かれ、囁かれた言葉。棟耶立会人が側に来てくれたお陰で、夜行立会人の視線が少しばかり遮られたので思いきって口を開く。


「あの、お屋形様と関わったことも、殆ど無いと言うか……私とお屋形様が、結婚だなんて、想像も出来ないと……」

「僕はね、出来るよ。名前と結婚。それから結婚生活も……楽しそうだ。」


だから、どうして私なんだという言葉は飲み込んだ。


少しだけ口角を上げたお屋形様は空中に何か描くように指を動かしたあと、手を組んでそこに顎を預けて小さく溜息を吐いた。そんな姿でさえ様になる彼をじっと見ていた私は、お屋形様が覗き込むように目を合わせてきたのを避けられなかった。長く絡んだ視線に照れて下を向いたのは勿論私で……。


「父にそろそろ結婚しろと言われたとき、真っ先に頭に浮かんだのは君だったんだ。……だから、どうかな?」


先程と同じ様に「どうかな?」と聞いてくるその声色は、お茶でも誘うくらいの軽さを携えていて、思わず「はい。」と返事をしてしまいそうになる。


「そもそも、結婚するにしても色々と踏むべき段階が抜けています。だから……」

「そうだったね、悪かったよ名前。」


流石、お屋形様!察しが良くて助かった。ほっと胸を撫で下ろして、数時間ぶりに表情筋を緩めたときに聞こえた彼の楽しそうな声に、緩めたばかりだったのに慌ただしくも引き吊る顔の筋肉。


「指輪を買いに行こうか。その前にデートでもして、そこできちんとプロポーズするよ。女性はそういうのに拘るよね?」

「違います!あっ……ごめんなさい。」


思わず大声を出してしまって、案の定夜行掃除人から向けられた殺気に鳥肌が立ち、即座に謝る。だが、そんなこと我らがお屋形様は気にも留めない様子で棟耶立会人に何か耳打ちしていた。


「そうと決まれば、行こうか。判事、車を回して。」

「待って下さい、お屋形様。」


さらりと絡められた指に、今度は別の意味で身体を強張らせる。ドキドキと高鳴る心臓に、静かにしてと呟いて見上げた先には私の手を引くお屋形様。


限りなく無表情に近い笑顔で振り向き様に言われた言葉に、ただ……ただ頷くしかなかった。


「名前は何も心配せず、僕についてきてよ。必ず幸せにするし、後悔させないよ。」


好きだとか愛してるだとかそんな言葉よりも、彼の笑顔が私の胸を貫いた。





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