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□甘い言葉に騙されてみました
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あのくそ野郎!口から出すにはあまり綺麗とは言えない言葉を頭の中で叫んで人通りの少なくなった道を歩く。


仕事もそこそこ頑張って、友達が順番に結婚していく年齢に差し掛かったときに知り合いの紹介で出会った男。


何度かデートを重ねて、言葉こそ無かったものの結婚を意識したお付き合いをしていくものだと思っていたし、向こうだってそんな話をしていた。


私だって今さら純情ぶるつもりも、それが通る歳ではないこともわかっている。だけど、デートを重ねるごとに見えてくる"そういうこと"を意識するたび、感じた違和感。


確かに結婚を意識した相手ではあったのだけど、異性を意識したことはあったのだろうかといざホテルでシャワーを浴びた時に考えたのが最後。


違和感が嫌悪感に変わるのに時間はかからなかった。1度ダメだと思うと本当にダメで、何とか空気を壊さずに生理がきてしまったと嘘をついて場を取り繕おうとしたのに、男が口にした言葉に怒りを通り越して呆れるばかりだった。


"俺は別に生理でも構わないよ、そろそろヤらせてくれないか?"

"最低!"

"君にいくら使ったと思ってるんだ。"

"きっちり全額お返しします!"


お互いの最後の言葉を思い返しながら歩いていると、ふと見つけたbarに吸い寄せられるように入ってしまう。雰囲気の良いカウンター席の端から2番目に座って店内を見渡した。


「何になさいますか?」


「……あ、えっと。」


「飲みたい気分ですか?」


クスッと笑うマスターにはいと答えて嫌なことがあったんですと呟いた。


「では、ハッピーな気分になれるお酒を。」


見惚れる手際でカクテルを作ったマスターから差し出された綺麗なオレンジのそれを口に含んで、おいしいと感想を述べた。


「オリジナルなので名前は無いんですけどね……ちょうど貸し切りですし、お話お聞きしましょうか?」


優しい口調に甘えて話し込んでしまう。美味しいお酒と聞き上手なマスターに上機嫌になる私。


いつの間にか随分時間が経っていたらしく、男の人が1人入ってきて私の2つ隣に腰掛けた。マスターが何時ものですねと手際よく準備するのを眺めながらグラスを傾けていると、声を掛けられてドキッとする。


「お一人ですか?」


「はい。」


「ご一緒しても?」


「あ……どうぞ。」


1つ席を詰めて隣に座った彼からタバコに混じって良い香りがして、緊張していることを悟られないようスカートの皺を伸ばす振りをして下を向いた。


その間にマスターと彼が小さな声で話しているのをボンヤリ聞きながら、隣の彼を盗み見る。眼帯……目、怪我したのかな。綺麗に伸びた背筋に、がっちりとした肩。触らなくてもわかる綺麗な肌に、鋭くセクシーな視線。


ジロジロと見てしまっていたようで、彼が頬を掻きながら困ったように微笑んできたので咄嗟に目を反らした。……顔もタイプだ。


「……彼女、失恋したばかりだそうです。これは彼からです。」


悪戯に笑ったマスターが私にピンクのカクテルを差し出してきて、顔を赤くする。


「マスター!恥ずかしいじゃないですか!」


隣から注がれる視線を無視してマスターに噛みついた。


「おや、失恋ですか……男のことは新しい男で忘れるのが一番ですよ。今夜出会えたのも何かの縁ですね。」


私に向かってグラスを傾けた彼に倣って彼を見ると、澄んだ音を響かせてグラスがぶつかる。


少し酸味のある爽やかな味のカクテルを飲みながら、自己紹介をして彼にも促した。


名前しか言わない彼は、少し……堅気とは言い難い職業なんだろうか。先程別れを告げた男を思い出しながら、結婚するならアイツみたいな普通の男がよかったのかも……でも、一夜を共にするなら隣に座る彼がいい。そこまで思考を巡らせたところで、カウンターに置いていた手に大きな手が被せられ全身に緊張が走る。


「上の空ですね。私と話していても楽しくなかったでしょうか?」


「ごめんなさい!門倉さんが素敵で……別れた彼とつい比べて馬鹿らしくなっちゃって。」


口許を隠して笑う門倉さんがどんな顔をしているのかはわからなかったけど、重ねられた手の甲から指に向かってするりと彼の指でなぞられて、俯く私の耳元で囁く彼の声に自分でも驚くくらい素直に頷いてしまった。


"私が忘れさせてあげましょう。"


忘れるどころか貴方のことで頭が一杯です、なんて言ったら駄目かな。なんて考えてる私は悪い男に引っ掛かってしまったのだろうか。




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