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□人前でイチャつく趣味はありません
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肩が重い、背中が重い。何度文句を言っても私の背中にしがみつく彼は「それはきっと愛の重さだよ、名前ちゃん。」なんて言って私を抱き締める腕を更に強く締め付けるだけだ。


こんな状況も、私が諦めれば早いんだろうけど……それでもテレビくらいはのびのび見たい。もっと言えばだらしなくソファーに寝転がってお菓子でも食べながら見たい。


いや、それよりも切実にトイレに行きたい。


自分の住む部屋よりもずっとずっと豪華なソファーに座っているのに、私の側から離れない恋人のお陰で背中に感じるのはソファーの柔らかさではなく、彼の体温と華奢に見えて意外と筋肉のついた胸板。


本来ならときめくであろうシチュエーションも、トイレに行きたい私には何の魅力も感じない。


懇願の思いを込めて向かいのソファーに座る梶くんに視線を送っても、僕は関係ありません。とばかりに目を逸らされてしまった。


「貘さん……ちょっとだけ離れて。」

「ん〜、やだ!」

「ね、本当にちょっとだけだから。」

「どうして?もう俺のこと嫌いになっちゃったの?」

「違うってば!トイレに行きたいの!」


こう言えば離れるだろうと恥ずかしさを堪えて自らの尿意を告げるが返ってきたのは「着いていく。」という言葉。唖然とする私の視界の中で、梶くんも驚いた顔をしているのが見えた。


「名前ちゃん、一緒に過ごせる時はずっとくっついててよ。じゃないと貘さん、死んじゃう。」

「……バカか。嘘喰い、離れてやれ。」

「伽羅さん痛〜い!」


恥ずかしい台詞をさらっと吐いた貘さんに固まっていると、呆れ果てた様子で彼の首根っこを引っ張った伽羅さんに「早く行ってこい。」と睨まれた。


数時間ぶりに思い切り伸びをして、これまた豪華な洗面台で化粧崩れをチェックする。簡単にグロスだけを塗り直して、トイレで1つため息を吐いた。


ほんの数分自由になった身体に気合いを入れて何やら言い合っている彼らの元に戻ると、直ぐ様私を抱き締める貘さんにされるがままになる。


「ほら!貘さん!名前さんも疲れてるみたいだし……僕らもお二人を見てると恥ずかしいですし、少し控えて下さい〜!」

「何さ、梶ちゃん!彼女いないからって僻まないでくれる?」

「僕が彼女いないのは関係ないでしょ!」

「梶くん……ありがとう。」


然り気無く見せつけるなと言われた気がしたけど、貘さんを注意してくれた梶くんにお礼を言うと彼の頬が赤く染まった。


「そんな!名前さんにお礼言われることじゃないっすよ!」


慌てる彼の事をじとっと見つめる貘さんが拗ねたように私の髪を弄ってくる。


「ちょっと梶ちゃん〜、俺の名前ちゃんのこと厭らしい目で見ないでよね。」

「貘さん!僕、そんな目で見てませんっ!」

「ほんとに?100%言い切れる?」

「……羨ましいなと思うことはありますよ。」


鬼の首を取った!というようなドヤ顔を見せた貘さんは「怖い怖い〜!名前ちゃんが取られちゃう!」とクスクス笑いながら私に口付けようとしてきた。


少しくらい貘さんの調子を崩してやりたくて、咄嗟に思い付いた作戦を実行に移すべく、出来るかぎり色っぽい声でゆっくりと口を開いた。


「貘さん、私キスするのも……くっつくのも。」


彼からの口付けを制してそこまで言うと、不思議な色をした瞳を覗き込むように向かい合って小さく囁く。


「二人きりのときがいいな。……だってもっと色んな事できるでしょう?」


彼の首に回した腕を少しだけ動かして、真っ白な髪に触れる。真っ赤な顔をした梶くんと目があったので、そっと目配せすると聡い彼は直ぐに私の意図に気付いて親指を立てた。


「名前ちゃん!それって!!」


キラキラした視線を私に浴びせる貘さん。この後どうするかまで考えてなかった私は彼の頭を撫でながら今日は寝かせて貰えないかもと、先程とは違う疲労を感じながら、彼からの熱すぎる抱擁に答えるよう背中へ手を添えた。



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