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□恥ずかしくないんですかそういうの
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仕事を終えてデスクを片付けながら同僚や上司に挨拶をして、鞄から携帯電話を取り出し着信を確認する。


着信1件……雄大だ。確か明日は休みだと言っていたから、うちに泊まりにくるつもりだろう。会社を出てからかけ直そうと再び鞄に携帯電話を押し込んだ。


定時上がりの数人とエレベーターに乗り込み出口へ向かう途中、受付のところで見覚えのある姿を見つけて思わず声を出してしまった。


「あっ!……雄大。」


咄嗟にボリュームを抑えたつもりだったが、周りにはばっちり聞かれていて「誰々〜?もしかして彼氏?」とからかう同僚達をあしらって、此方へ向かってくる彼を見つめる……というより睨み付ける。


「何してんの?」


「迎えに来たんやけど。」


私の嫌そうな顔を見て一瞬眉をしかめた雄大は、私の数歩後ろにいる同僚達の視線に気づいて、爽やかな笑みを浮かべて彼女達に近付いた。


「今晩は。私、門倉 雄大と申します。此方の苗字 名前さんとお付き合いさせて頂いておりますので、時々お目にかかるかと。以後宜しくお願いします。」


にっこり……そう形容するのがぴったりな笑顔で自己紹介と交際宣言を終えた彼を皆が見つめて、口をぽかんとあけていた。


どこから見ても怪しい。眼帯してるし、スーツ長いし、手袋だし。ぱっとみた感じサラリーマンには見えない。皆からの追及を覚悟していると、彼女達を見渡した雄大が続けた。


「流石は名前さんのお友達ですね……皆様お美しい。」


その言葉にはっとした同僚達は皆口々に雄大のことを誉めた。それにいちいちキザに返す雄大。


「……や、そんな。門倉さんこそ素敵です。」


「レディにそんなこと言われるなんて光栄ですね。」


「格好いいですね、お仕事はホテルマンですか?」


「貴女こそ可憐です。……そのようなものですね。」


「お友達紹介してください。門倉さんのお友達なら、きっと皆格好いいんでしょう?」


「いえいえ、貴女方に見合う男なんてそうそうおりませんよ。」


ただただ聞いているだけだった私もいい加減、雄大の面の皮の厚さに驚くばかりでごほんと咳払いをした。


「……おや、私はもっと皆様とお話して名前さんのこともお聞きしたかったのですが……、放って置きすぎて機嫌を損ねてしまっては迎えに来た意味がございませんので、そろそろお暇させて頂きますね。」


最後にもう一度にっこり笑ってから私の手を引く雄大に、引きずられるように車まで連れられて助手席に押し込まれた。背中からは「名前だけずるい!今度コンパしてね!」と熱烈な懇願の声を掛けられながら。



車のドアを閉めた瞬間、前髪を掻き上げて溜息を吐く彼をじっとりと見遣る。


「……いきなりどうしたの。なに、あのキャラ。」


「おどれが"彼氏に仕事帰りに迎えに来てもらうとか憧れ〜"ってわざとらしく抜かしたんじゃろ。」


「なにそれ。覚えてない。」


「……なっ!」


「言ったかもしんないし、言ってないかも……」


「いや!言うたの!100%言うとったわ。」


「皆様、お美しい。ってなに。」


「あれで、"名前の彼氏紳士的で素敵だったー"ってなるじゃろ。」


女を馬鹿にしてるのか、さっきまでの笑顔はどこ行ったんだと言いたくなるような不謹慎な顔をしている彼を無視してシートベルトを締めた。


「はぁ。慣れんことして損したわ。……まあ、これで会社で名前に素敵な彼氏おるって広まってええけどね。」


「もともと隠してないよ。」


「けど、言うてもないやろ。」


普通そうでしょう。という言葉は飲み込んだ。大人が仕事中に恋だの愛だのなんて話しはしないし、ましてや職場の人達に彼氏います宣言なんて……ランチの時くらいだとしても一部の人にしかしない。


けど、雄大は私に"素敵な彼氏がいる"とアピールしたいらしい。それであのキャラだったと思うと、あのときの彼の心中を想像して込み上げる思いがないわけでは無いが。口許の綻びを見られないようにそっと手で覆い、チラリと横顔を盗み見る。



そんなに心配しなくても社内の男性陣に口説かれたりしたことなんてないのに。それを口にする前に車を発進させた彼は前を向いたまま話し出す。


「名前は自分が思っとる以上に、ええ女やからね。だから……誰かに奪われるんちゃうかって落ち着かんワシの気持ちもわかれ、ぼけ。」


そんなの雄大しか思ってないよって言いかけて、やめた。





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