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□運命を感じちゃってください
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春の日射しを感じて微睡む暇もなく、得意先へと急ぎ足……走ってると言ったほうが正しいくらいの速度で向かっていた。


ちらりと見た右側には都市伝説のように噂される廃墟ビルがあって、やはりと言えばいいのか、誰もその周りを歩いてはいなかった。私の目指す正面の道には人通りもそこそこある。


夜な夜な人がいなくなる、何かの叫び声が聞こえるなんて噂を知っていなくても見た感じだけでも物騒だし、普段なら絶対に通らないであろうそのビルを見つめて考えること数秒……左腕につけている腕時計を確認して、今日だけだからと昼間なのに暗い抜け道を通ることにした。


始めこそ怖々と進んでいた道も、もうすぐ大通りに出る所まで来てしまえば気が緩むのも仕方のないことだと思う。そんな私の頭上から聞こえた声に春の陽気漂う空を見上げたとき、自分の目を疑った。


「お姉さん!危ないよ!そこ退いて!」

「……え?」


聞こえたのは確かに若い男の人の声で、声の主らしき人物は空から此方へ向かって降ってきた、というか落ちてきた?


地面に着く直前、私にぶつかりそうになったその人が声を張り上げたのも虚しく、突然の事に驚き動けない私の身体が真横から引っ張られる様に宙に浮いたのを感じたところまでしか記憶が定かではない。


ただ、真横から聞こえた「早く退けろ、ノロマ。」そんな声と、急に引っ張られた反動で脳が揺れたと感じたときに、"あぁ神様もうこんな物騒な道は今度から絶対通りません……でも次があるかもわからないな。"そんなことが脳裏に過っただけの私に出来ることはなかった。


ふわふわと空を漂う夢を見ていたが、誰かに手を握られている体温を感じてゆっくり目を開けると、すぐ目の前には男の人のドアップ。


驚きすぎて声も出せない私の顔を覗き込むその人は、よく見るととってもイケメンだった。


「お姉さん、大丈夫か?マルコが貘兄ちゃんの言いつけを守らずに窓から飛び降りたから……。」

「大丈夫です。それより貴方は大丈夫ですか?」


青年風の見た目とは裏腹に子供っぽい口調に戸惑いながらも返事をすると、マルコと名乗った彼はゆっくりと私を起こしてくれて、待っててと言ったと思うと誰かを呼びに別室へ姿を消してしまった。


「……ここ、噂の廃墟ビルの中かな。」

「察しの通りだ。女……何故あんなところにいたんだ?」


急に聞こえた低い声にびくりと強張った身体を自ら抱き締めるようにして、声が聞こえた方へ向き直る。


「あの、私、ただ近道しようとしてただけなんです。」

「こんなところをか?」

「本当です!」


疑うようにじっと見据えてくる強面で身体の大きな男の人から目線を逸らすように部屋の中を見渡した。


「伽羅のおじさん、どうして意地悪言うか!さっき一般人巻き込んだって言ってたでしょ。このまま置いてたら危ないから連れてくって言ったのおじさんよ?」

「……マルコ、余計な事言うな。」


どうやらここまで運んで助けてくれたのは伽羅と呼ばれた強面の……というかこの人もよく見るとイケメン。目の前の二人のイケメンに見惚れていたが、マルコさんが「怖がってるよ!」と私を指差したので慌てて姿勢を正した。


「念のため病院に行くか?」

「いえ、大丈夫だと思います。」

「そうか、なら送ってってやろうか。」


睨まれていると思っていたけど、視線を合わせるように屈んで此方を窺う瞳がすごく優しそうで、何だかこのままさよならするのが惜しくなった。


「あの!伽羅さん?」

「……何だ。」

「彼女とか、いたりします?」


聞いちゃいけないことを聞いてしまったのか、急に険しい表情になった彼にビクビクしていると、誰かが横にあった扉を開いて中に入ってきた。そしてクスクス笑いながら伽羅さんの代わりに私の質問に答えてくれた。


「あら、伽羅さん。女の子連れ込んじゃって、しかもモテてるじゃん。何だか妬けちゃうなぁ。」


楽しそうに笑いながら指先で白い髪をくるくると弄ぶその姿を見て、また驚く私の肩をポンっと叩いたそのお兄さんは「伽羅さんに惚れちゃったの?見たとこいい子そうだし、彼の事宜しくね。」そう言い残して奥へ続く扉へ消えてしまう。


何なの、このビル。イケメンしかいない。でも、何だか、私は伽羅さんが好き。そんな事を1人思っていると伽羅さんに手を引かれた。しかも今度は優しく。


「お前、名前は?」

「苗字 名前です。」

「……名前、な。」

「はい。」

「彼女はいないぞ。」

「立候補してもいいですか?」

「……勝手にしろ。」


プイッと背を向けた彼の手が、優しく私の手を包んできたのが返事な気がして、ごつごつしたその指にそっと自らの指を絡めた。



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