titles

□不機嫌な理由は教えられません
1ページ/1ページ




「えっと……貘さんのお友達、でしたよね?名前さん。」

「まあ、友達って言うかギャンブル仲間だけどね。」

「それで、僕にお願いって言うのは……」

「そうそう!梶ちゃんだっけ?賭朗会員なんでしょ?賭朗勝負してほしいの!私と。」


僕の前で手を合わせて上目遣いに頼んでいるのは、貘さんの昔の知り合いらしい……名前さんだ。


一般人の僕からしたら、貘さんの知り合いってだけで緊張してしまうし、ましてや賭朗勝負なんて……彼女のことを良く知りはしないが、勝てる気がしない。


「僕と勝負なんて……つまらないっすよ。」

「そんなこと期待してないよ!お金もいらないし。勝った方の言うこと1つ聞くとかそんなんでいいの、賭けるものは。」

「期待…してない……っすよね。てか、何が目的なんですか?」

「言わないとだめ?」


急に照れた素振りを見せた名前さんは、もじもじと視線を逸らして気まずそうに僕の隣に腰かけ僕の膝に手を置いてきた。すっと撫でられて思わず身体を固くする。


「……っ!そりゃそうでしょ。目的もわからず賭朗勝負なんて、嫌ですよ。」

「ありゃ、色仕掛け、効かないか。」

「誤魔化さないで下さい。」


少し悩んだような顔で下を向いたあと、僕の手を取り握りながら話し出す。


「……立会人のね、門倉さん。呼んでほしいの。」

「門倉さんのこと好きなんですか?」

「ばか!聞かなくても流れでわかるでしょう鈍感!童貞!」

「童貞は余計でしょう!……はぁ、まあいいですよ。」

「ありがとう!梶ちゃん!お礼にキスしてあげるっ!」

「ちょ……っ、わっ!」


喜んで飛び付いてきた名前さんは僕の唇の少し横にちゅっと音を立ててキスしたあと、笑顔で携帯電話を差し出してくる。


「……じゃ、門倉さん呼んで。私は他の立会人呼ぶから。」

「ていうか、そもそも名前さんが呼べばいいんじゃ?」

「それじゃあ門倉さん、私の後ろに立っちゃうから見えないでしょ!」

「はぁ、そうっすか。」


そうだよと返事をする彼女を横目に賭朗に電話をかける。調度門倉さんは空いていたみたいで、すぐに此方へ向かわせると電話の相手が教えてくれた。


「門倉さん、空いてるから来れるみたいっすよ。」

「やったぁ!ちょっと梶ちゃん、私の格好変じゃない?大丈夫かな?」

「大丈夫です、かわいいと思いますよ。」

「ありがとう!はぁ〜、久しぶりの門倉さんだぁ……早く会いたい。」


そう言って相変わらず僕にもたれ掛かる名前さんをちらりと見る……かわいい、なんだかいい匂いもするし、こんな回りくどいことしなくても、名前さんに好意を示されたら大抵の男は喜ぶだろうと考えていたとき、聞こえたマルコの声。


「門倉、久しぶりね!カジなら奥の部屋よ。」

「お久しぶりです、マルコ様。ありがとうございます。ではお邪魔致しますね。」


名前さんにも二人のやり取りは聞こえていたようで、僕の耳元で「門倉さん、きたよ!」と囁いてきた。それと同時に扉を開けて現れた門倉さんは一瞬だけ目を見開いた、ように見えた。


「梶様、ご指名ありがとうございます。本日立ち会いを務めさせて頂く門倉です。」


仰々しく頭を下げた門倉さんは、ちらっと名前さんに視線をやったあと、こほんと咳払いをして彼女に声を掛けた。


「お久しぶりですね、苗字様。本日の勝負は苗字様と梶様がなされるのですか?……二人はお知り合いで?」

「門倉さん、お久しぶりです……はい、貘さんの紹介で。」

「左様ですか。」


それっきり下を向いて話を終えた二人を見ていた僕は思った。


(何か、二人とも……名前さんは本人が門倉さんのこと好きって言ってたから知ってるけど。これって門倉さんも名前さんのこと相当意識してない?)


「……梶様、些か表情が不謹慎ですよ。」

「あっ!すみません。」

「お気になさらず。」


顔に出ていたみたいで、緩んでいた口許を引き締める。すると、じっと此方を見ていた門倉さんと目があった。


「(怖い……睨んでる?)……門倉さん?どうかしました?」

「梶様、少し宜しいですか?」

門倉さんが顎で指したのは隣の部屋。断りたかったけど、無言の圧力に逆らえずにまだ下を向いて顔を赤くしている名前さんを残して、門倉さんと二人で隣の部屋へ入った。


「……私事で申し訳ないのですが、苗字様とは貘様の紹介と仰っていましたが……今日が初めてですか?」

「いいえ、以前一度だけ(皆で)食事しました。その時貘さんから……って、門倉さん!顔が、怖いです。」

「失敬!……それで?」

「その時、少し話したくらいっすよ!で、今日勝負を挑まれただけっす。」


腕を組んで僕を見下ろす門倉さんはぶつぶつ呟いたあと、僕が嘘をついていないか確かめるように顔を覗き込みながら訪ねてくる。


「では、梶様の口許に苗字様の口紅らしき色が付いているのは私の見間違えでしょうか?」

「っ!これは、さっきからかわれて……。」


咄嗟に口許を押さえた僕を、こめかみを引き吊らせながら見下ろす門倉さんの顔が、般若に見えた。


「そうですか……からかわれてキスされる仲、ということですか。」

「ちがっ!門倉さん……勘違い。」

「いいえ、不躾な質問申し訳ありませんでした。梶様、勝負の後はご自身の安全にお気をつけ下さい。」


にこりと笑って物騒な事を想像させる言葉を残して、部屋を出ようとする門倉さんの背中に、さっきまでの疑問が確信に変わった僕は必死で語り掛けた。


「門倉さん!名前さんは……その、門倉さんのこと、好きって、言ってたような……言ってなかったような。」

「……は?」


ぴたり。立ち止まった門倉さんが僕の目の前まで迫ってくる。


「今の言葉……私の聞き間違えではありませんよね?」

「本当ですって!だから、そんな力で掴まないで下さい!」


捻りあげるように掴まれた右手を何とか自分の方に引き戻して、胸の前で握った。


「……僕がこれ言ったって内緒にして下さいよ。今日の勝負だって、名前さんに頼まれて……門倉さん呼んでくれって。」

「結構!早く戻りましょう、梶様。」


さっき部屋に入ってきた瞬間、目を見開いたのは僕と名前さんが抱き合うようにソファーに座っていたからで(それも名前さんが耳打ちしてきたから近かっただけ。)、ずっと怖い顔をしていたのも僕の口許に名前さんの口紅がついていたから。


なんだやっぱり両思いじゃんと小さく呟いて、出来るだけ早く終わる勝負を提案しようと門倉さんの後に続いた。



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ