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□あと3時間で恋に落ちる予定です
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泊まりがけの立ち会いなんてついてない。ましてや10以上も號数の離れた手練れの立会人と一緒だなんて息が詰まるだけ。溜息をなんとか飲み込むと、自らの職務を全うするため頬を軽く叩いた。


森を使った鬼ごっこだなんてアクティブかつ面倒な勝負に興じる会員を追いかけながら、相手方の立会人の気配を探る。


私の日頃の行いが悪いのか、どちらかと言えば苦手な部類に入る相手の立会人とどう接したらいいのか考えると気分が沈んで、先程飲み込んだ溜息が溢れた。


「随分と面倒な勝負ですね。」

「ひっ!……門倉立会人、脅かさないでくださいよ。」

「失敬!辺りの様子を窺っていたようなので私にも気付いているのかと。」

「私なんかには門倉立会人の気配を読み取るなんて出来ません!あーびっくりした!……それより、もうこれ鬼ごっこというよりかくれんぼですね。」


文句を言う私を見下ろすように、気配を消して近付いてきた彼は意地悪そうに唇を歪めて、横に立った。


(絶対わざと驚かせたんだ!格好いいのに、何か意地悪というか、取っ付きにくいから苦手……)


「門倉立会人側の会員様もこの近くにいらっしゃるのですか?」

「そういうことになりますね。」

「もう……早く終わればいいのに。」

「同感です。」


億劫さを隠すこともなく溢してしまった愚痴に同意を示されてほっとしたところで話すことも無くなり、お互い無言のまま前を見据える。暫く無言の時間が続き、気まずさで時間の感覚を見失いそうになった頃、隣から視線を感じて彼を見た。



「……何ですか?」

「いえ、こうしてご一緒させて頂くのは初めてだなと思いまして。」

「そうですね。」

「何かのご縁ですね、光栄です。」


にっこりと笑った彼は「では、また後で。」そう言ってふわりと木に向かって飛び上がり、姿を消してしまった。何故かどきりと高鳴った鼓動を隠すことに気を取られ、何も返すことのできなかった私は立ち尽くす。





結局長々と続いた勝負は、夜もすっかり更けた頃に決着を迎えて、もしかしたら日帰りで……そんな私の淡い期待を見事に打ち砕いてみせた。


賭朗が用意してくれたホテルへ向かう道中、勝負の報告を済ませてこれからの予定を確認する……このまま1泊して明日は非番だと聞いて、唯一の救いだと少しだけ上がる口角。それを誰に見られているわけでもないけれど隠したところで目的地に到着した。車から降りると、門倉立会人も部下の運転する車から降りてきたので声を掛ける。


「門倉立会人、お疲れ様です。私は302号室で門倉立会人は402号室です。明日はそのまま現地解散で、1日非番と聞いています。」

「わかりました。本部への報告、確認共にありがとうございます。」

「いえ、お礼を言われるほどのことでは……。」

「お疲れでしょう?今日は部屋で休みましょうか。それと……。」

「どうしました?」


言葉を濁した彼を覗き込むようにして続きを促す。ネクタイに手を掛け緩めた彼のもとからはっきりした声が聞こえた。


「もう業務終わったし、堅苦しい言葉遣いはやめさしてもらうわ。」

「あっ!はい大丈夫です。」

「名前もそんな畏まらんでええよ。」


突然の方言と名前を呼ばれたことに驚いている間も彼の話は続いて、状況についていけない私は自分の状態すらも把握できずに、ホテルのエレベーターへのエスコートまで受けていた。


「……聞いとった?」

「えっ?」

「聞いとらんかったね、まあええけど。」

「すみません。」


クッと笑った門倉立会人に頭を撫でられて、「そない怖がらんでええよ。」耳元で囁かれる……急にドキドキと速まる鼓動に戸惑いながら、赤くなっているだろう顔を隠すように階数のボタンを押す為手を伸ばした。


私の指先が3のボタンにたどり着く前に、後ろから伸びてきた彼の手に腕をとられて振り向く。抱き締められたような体勢に身動き出来ずに固まる私に頭上から掛かる声。


「三階じゃのうて、四階じゃろ。」

「私は三……。」

「このまま"はいお休みなさい"はないわ。来るやろ?ワシの部屋。」

「えっと……私、そういう、割り切った関係とか、そういうの……。」


つまり門倉立会人は火遊びの相手になれと言っていると解釈した私は、しどろもどろに断りの言葉を口にする。


「そんなんちゃう。やっぱさっきの話聞いとらんかったの。」

「違うって?」

「今日の立ち会い、ワシが先決まっとったんじゃ。で!相手の立会人は名前にしろ言うたんワシや、って話。」

「それって、私の事、好きってことですか?」

「わかるやろ。」


わかりません、そう言おうと開いた唇は、彼のもので塞がれて、案外優しいキスに身を委ねようと身体の力を抜いたとき聞こえた「返事は?」の声がほんの少し震えていたことに気付いて、逞しい背中に腕をまわした。



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