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□照れ隠しと思ってもいいですか
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今日も私の上司は大声で私を呼ぶ。


「苗字、こら!どこ行った?!」


「門倉立会人、ここにいます。」


「お、なんじゃ〜、小さくて見えんかったわ。」


「門倉立会人が大きいんですぅ!」


口許に手を当ててやけに楽しそうに笑う彼に用件は何か聞いたところで、何時もと同じ言葉を寄越されて溜息を吐く。


「で、何ですか?」


「お前……上司に向かって何て口の聞き方じゃ。これは躾が必要かの?」


「セクハラってお屋形様に訴えますよ!」


「おぉ!怖い怖い!……ま、用件というか立ち会い行くぞ。着いてこい。」


はい!と返事をしていつもよりゆっくり歩く彼の後ろを追いかける。男ばかりの門倉立会人の下に配属されたときは、どうして私が!だとか、やっていけるかな。だとか、そんな心配を繰り返したのだけど……それも杞憂に終わって、今では随分可愛がってもらっている。


でも……可愛いがるといっても限度があるだろう。他の黒服とは明らかに違う扱いに、最初こそ戸惑っていた私だが彼からの好意を無下にするとその後が大変だ。どれだけ大変かって、大人げなく拗ねる。そうなると私じゃなくて周りの人達が苦労するので、私が彼の好意に甘んじることを皆が認めてくれている。


何が楽しいのか私を側に置きたがる門倉立会人は今日だって現場までの道中、彼が運転する車の助手席に私を座らせて上機嫌だ。車に乗り込んむ前に、門倉立会人お抱えの古参の部下達から「雄大君を頼みます。苗字さん。」とご丁寧にお願いまでされてしまった。


頼みますって何を……そんな愚問は口にしない。そう、門倉立会人が機嫌良く立ち会いを行えるように私は彼にちょっかいを掛けられる職務を全うするのだ。


立ち会い中は凛とした姿で勝負の場を取り仕切る門倉立会人を背後からじっと見つめて、この時ばかりは格好良いのにと少し見惚れてしまうが、いやいやこの後またからかわれるのだと見惚れた自分を叱咤した。


「皆さん今日もご苦労様でした。私からのほんの気持ちですが……これで好きなものでも食べてきて下さい。」


にっこり笑って、1番の部下に封筒を差し出した門倉立会人が言った言葉に周りの皆が口々に礼を述べるのを聞いて、遅れ馳せながら私もお礼を口にした。


「……苗字、何言うとるんじゃ。お前はワシと本部に報告や。」


「ええー!酷い!」


皆が何を食べに行くか相談するなか、私だけ付き添いを命じられて不貞腐れる。流石に黒服の1人が可愛そうだと擁護してくれたが、門倉立会人のひと睨みで黙ってしまった。


こうなったらごねても仕方がないので、門倉立会人と車に乗り込んで本部へ向かう。助手席へ座ってからも、まだぶつぶつ文句を言う私を見て笑いながら頭を撫でてくる彼を睨み付けるとピン!とおでこを指で弾かれた。


「そんな不貞腐れるな。本部に報告したあとメシ連れてったる。」


「門倉立会人と2人でですか?」


「不服か?」


「いえ、そうじゃないです……けど。」


溜息を吐いて車を発信させた彼を不思議に思って、今度は睨み付けるのではなくじっと見つめる。


「……あんな野郎どもの中に混じってもつまらんじゃろ。皆酒も入るしの、女1人じゃ無用心や。奴らよりもっとええとこ連れてったる。」


「最初からそう言ってくださったらよかったのに。」


「他の連中の前で言えるか。ぼけ。」


「ふっ!……門倉立会人て好きな子いじめるタイプですか?」


「図に乗るな。」


もう一度手が伸びてきて、乱雑に頭を撫でられた。




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