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□慌てて離した手
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つまらない立ち会いが終わって、帰る前にカフェインを摂取しようと自販機の前で財布を出したところで固まった。


こんな時に限って一万円札しかないなんて、本当についてない。だからといってコンビニにわざわざ寄るほどでもないし、珈琲は我慢してさっさと帰宅しようと自販機に背を向けた。


「……きゃっ!脅かさないで下さいよ。弥鱈立会人。」


弥鱈立会人が間近に立っていたので思わず驚きの声を上げるが、本人は私から目を反らして此方へ向かって腕を伸ばした。


再び驚いた私は足元にハンカチが落ちていないか慌てて確認する。視線の先には何も落ちていなくて、代わりに聞こえてきたのは自販機に小銭が投入された音。


そもそも、私のほうがこの人よりも遥かに號数は下であるし、號奪戦を挑まれる訳がなかったと一安心しながらもこの不自然な彼の行動に疑問ばかりが浮かぶ。


あまり関わることの無い彼との会話なんて思い浮かばずに、今しがた浮かんだ疑問をぶつけるしか出来ずに口を開いた。


「弥鱈立会人もこの辺りで立ち会いだったんですか?……というか、ジュース買うなら退きますから、ちょっと待って下さいよ。」


私の最もな質問に、明らかに怪訝な顔をした弥鱈立会人は溜め息と彼独特の舌の動きで泡を飛ばしたあとに目を合わせて来た。


「……近くで立ち会いだったのは確かですが。お困りの様でしたので、どうぞ。買うんでしょう?珈琲。」


「えっ!……あ、はい。どうも。」


どうやら小銭が無くて困っている私に気付いてご馳走してくれるらしい。分かりにくいなと口には出さずに心の中で呟いて、目的の商品を購入する。


私が珈琲を買うまでの間、近すぎる距離に心臓が騒いでいたが弥鱈立会人が少しも気にした素振りを見せないので、此方も平静を装う。


無言のまま、この後どうしたものかと買ったばかりの珈琲の温かさを掌で感じながらチラリと彼を窺うが、飄々とした様子で私と同じものを買っていた。


「ありがとうございます。」


「……苗字立会人、私徒歩なんですよ。」


「あ、じゃあ本部までご一緒しましょうか。」


「助かります〜。」


そうか、車に乗せて欲しかったのかと今までの彼の行動に納得してすぐ側に停めていた車へ乗り込もうとすると真横に立った弥鱈立会人を見上げた。


「運転くらいしますよ。」


素っ気ない印象だったけど、意外と優しいんだなんて微笑みながらお礼を言って、助手席へと回る。


滑らかに走り出した車に心地よさを感じていると、「それ、開けて下さいますか?」と差し出された珈琲。


「あっ!気が付かなくてごめんなさい。」


何となく緊張してしまい、慌てて渡した指先が、冷たい彼のものに触れる。驚きと共に手から滑り落ちた缶の中身が見事に彼のスーツを汚していった。


「ごめんなさい!!熱くなかったですか?」


ポケットからハンカチを取りだし、身を乗り出して弥鱈立会人のスーツを拭いていく。ポンポンと叩くように拭いていると、路肩に寄せ停車させる弥鱈立会人にハンカチを持つ手を掴まれた。


「苗字立会人、そこは……当たってます。」


当たってる?え、何にってナニに?固まる私にクックッと笑い声と共に掛けられる言葉に顔を真っ赤にした。


「それとも、誘ってるんですかぁ〜?」


「や!固くなかったから気が付かなくて……じゃなくて!ごめんなさいぃ。」


「プッ!……聞き捨てなりませんねぇ。前々から気になっていた女性に、そんな事言われるなんて。さっきまでの嬉しかった気持ちが半減です。」


ぶつぶつ呟くように、じっとりした目付きで見つめてくる弥鱈立会人にフォローの言葉を考えるが、考えれば考える程……墓穴を掘るような物しか浮かんでこずに頭を振った。


「……で?いつまで触ってる気ですか?」


「きゃー!ごめんなさい!!」





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