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□俺に恨みでもあるんですか
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エレベーターに閉じ込められて随分時間が経とうとしていた。感覚的には2〜3時間といったところか。もうとっくの昔に暗がりに慣れた目は、同じ空間にいる彼女のことを大体把握できるようになっていた。
寒さに身体を抱き抱えるようにして座る彼女が此方を見上げるように動いたのがわかったので、どうしたのかとぐっと近付いて覗き込む。
「どうかしましたかぁ?」
「いえ、寒いなと思って。弥鱈立会人は大丈夫ですか?」
「意外と丈夫に出来ていますので、私。」
男の人ですもんね、と掌に息を吹き掛ける彼女の横へ肩を並べるよう座り込むとその手を取って指を絡めた。
「えっ!弥鱈立会人…どうしたんですか!?」
繋いだ手を解こうともたつく自分よりも細い指に少しだけ力を込めると大人しくなった事に口許を緩める。別にと小さな声で呟いて、いつものように風船を飛ばした。
「こうしていた方が少しは暖かいでしょう。」
それきり、何か言おうとした彼女から視線を外して頼りない肩に背を預けた。
廃れたビルでエレベーターを使ったことに始まり、お互いに部下を連れていなかったこと…携帯の電波が入らないことがこの状況を長引かせていたのだが、名前のことを憎からず思っている弥鱈はむしろ幸運だとさえ感じていた。
繋いだ手から伝わる感触から意識を反らして、燻る感情を誤魔化すように寒そうにしている彼女に何かしてやれることはと考えていたが、出てくるのは下心にまみれた事ばかり。駄目だと自分を叱咤していたところ急に感じた背中への重みに急いで振り返る。
「……弥鱈立会人、暖かいですね。」
固まる自分に気付かず続けて聞こえた彼女の言葉が先程までの努力を無惨にも打ち砕いた。
「くっついてれば…寒くないですね。」
溜息を隠すようにそっと彼女を抱き締める。戸惑いながらも背中に回される腕に告白するなら今だと確信して抱き締める力を強めた。
「名前さん、私貴女のこと…」
これからというときに眩しさを感じて目を細めると、動き出したエレベーターに舌打ちする。
「動いた!良かった!弥鱈さん!やっと外に出られますね!」
「それより、名前さん。私貴女のことが……」
「寒さの余り、抱きついてしまってごめんなさい。この事は二人だけの秘密ですね。」
先程の雰囲気を消し去った狭い空間の扉が開いて、どうせならもう少し待てと誰にともなく文句を溢す。一足先に外に出た彼女が伸びをするのを眺めて、好きという言葉の代わりに1つ風船を飛ばした。
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