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□あなたといると疲れます
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門倉の想い人は特別に美人ではないが賭朗内でもその朗らかさと立会人らしくない柔らかな空気や綺麗に笑う顔が男達に人気で、密かに狙っている者が後を絶たない、そんな女だった。
だが彼女は先代お屋形様や古参組に加えて、現お屋形様にまで気に入られている。その為大抵の男は口説くどころか世間話も出来ずに遠巻きに眺めるばかりで、その状況が更に彼女への恋慕を膨らませる。結果、告白も出来ずに散っていった男が何人もいるとか。
そんな高嶺の花ともいえる名前と1度、賭朗勝負で一緒に立ち会った門倉はここぞとばかりに彼女との距離を縮めた。
何せ、高嶺の花だ。立会人や黒服達が戯れに冗談を言い合ったり、愚痴を言ったりする中に入ったことがない。そればかりか、彼女が話し掛けただけで大抵の男は緊張の余り意味のわからない言葉を発したり、勢い余って好きだと告げてしまったり。これでは普通の会話など出来はしない。古参組やお屋形様に仕事の愚痴も言えやしない。
要するに、そういう同僚を欲していたのだ、彼女は。そこを見事に突いた門倉は名前が立ち会いを終える度にその成果を聞いてやるという役割を手に入れた。勿論、自身の下心…恋心をひた隠しにして。
本部への報告を済ませて駐車場へ向かう自分の後ろを追い掛けてくる足音に表情を崩して歩幅を狭める。
追い付いてきて隣に並んだ彼女に、さも今気付いたという様を取り繕った門倉はどうなさいました?と話を促した。
「門倉立会人も帰るところですか?私も帰るところなのでご一緒させてもらおうと思って…迷惑じゃなければ。」
警戒心の欠片も見せずに掛けられた言葉に思わず立ち止まる門倉。
車って知っとたよな…名前は車じゃなかったはずじゃし、送って欲しいってことか?上がる口角を見られないように顔を背けてポーカーフェイスを作ってから向き直る。
「お送りしますよ。夕食がまだなら何処かで食べて帰ります?」
「やったぁ!じゃあこないだ新しく出来たっていうお店にしません?」
勿論良いですよと答えつつもその店を思い浮かべて、門倉は苦笑した。なんせ彼女が指定したのは男が女を連れていくには丁度良いデートらしさ漂う洒落た店だったからだ。
自分のことを異性として意識しているのかいないのか。この警戒心のなさは後者だなと小さな溜息を溢して彼女を車にエスコートする。
車の前まで辿り着いて、助手席のドアを開けてやる門倉を見つめて鋭い一撃をお見舞いした彼女と、それを真正面から受けた門倉。彼が懇意にしている部下達がその様を見たらどうなるのかという程の動揺を見せた。
「門倉立会人が彼氏だったら女は幸せでしょうね。」
「…っ!それは、私が貴女を………」
もうこの好意を伝えてしまおう、そう決意して開いた口が思わず言葉を発するのを止めた。
「ん〜、でもやっぱり門倉立会人はお兄さんって感じかなぁ!」
ね?と見上げてくる彼女に、後一歩のところで玉砕を踏みとどまった彼はドアを閉めてから呟いた。
「ただただ、兄のように優しいだけの男などいませんよ。」
これからは彼女への接し方をもう少し見直さねばならない。
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