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□そんなに泣かないでください、理性が保てなくなる。
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突然のキスに驚いた様子の彼女はお化粧を直して来ますと席を外した。



その間にバーテンにホテルの部屋を取れるか聞くと、素早くフロントへ連絡して部屋を手配してくれた。



あとはどう彼女を誘うか…考えていると戻ってきた名前の肩を抱きそろそろ行きましょうとエレベーターへ向かう。その際ばっちり目配せをしてきたバーテンのことは見なかったことにした。



肩へ触れても何の抵抗も見せなかった彼女につい緩んでしまう表情を見られないよう顔を反らす。此方の下心に気付かずほんのり赤い顔で此方を見上げながら呟く名前。



「車、帰しちゃったからタクシーですね。」



その言葉に被せるように言う。



「部屋を取ってあるのですが、今晩一緒に過ごしませんか。」



それを聞いた彼女は目を見開くと、みるみるうちにその瞳に涙を溜めた。



「…やっぱり、門倉さんもあの噂信じてるんですか?」



「…あの噂とは?」



彼女の言う"あの噂"は一部の人間が面白がって流しているもので、聞いたことくらいはあった。だがそれも立会人や上層部の人間は気にも留めない程度のものだったが当の本人は気にしていたらしい。




その噂のせいで自分を誘っていると勘違いしているのであろう。涙目で威嚇するように此方を睨み付ける彼女が言いづらそうに口を開く。



「…お屋形様の夜のお相手をしているから女の癖にお屋形様付きに任命されているとか、誘われれば誰とでも寝るとか、そんな噂です。」



何時だったか、その噂に心痛め隠れて泣いている彼女を何かのきっかけで見てしまった門倉は知らない振りをすることに決めた。



「……そんな噂初めて聞きました。もしあったとしても実力の無い者の唯の僻みです。私は信じませんし、噂のあるなしに関わらず貴女じゃなければ誘いません。」



真っ直ぐ見つめて言い切ると



「…嘘でしょう?」



彼女がそう言って瞬きをする度に落ちる涙を自らの手袋に染み込ませ、細い腰に手を回して囁いた。




そんなに泣かないでください、理性が保てなくなる。



「…保たなくて良いと言ったら?」



そう聞こえた気がしたが幻聴だろうか。



続き………誘っているように見えたので、つい。


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