22Kiss

□手の甲…敬愛
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「丈一さん、その後彼女と進展はあったの?」


お屋形様付きの業務の最中、投げられた質問に思わず固まり……隣に立つ女に一瞬だけ視線を向けたが、それに気付いたのは質問したお屋形様だけ。


「丈一さんも大変な恋をしているんだね。僕は応援しているよ。」


「お屋形様、ご冗談も程々に。」


彼女への気持ちを、どのタイミングでだかわからないが気付いたらしいお屋形様はこうして時々探りを入れてくる。


どれだけ冷たくあしらっても馬鹿みたいな笑顔でついてくる名前を可愛いと思い始めたのは何時からだったか。


いや、この可愛いと思う気持ちは父性のような物だと自分に言い聞かせてこれ以上戸惑わないように気付かぬ振りをする。


普段の無表情な顔に少しだけからかいの色を覗かせたお屋形様に頭を下げて、その後はいつも通りに棟耶への引き継ぎを済ませて部屋を後にした。


だか、先程の質問に思いのほか動揺していたらしく早足で廊下を進む俺に待ってくださいと名前が声を掛けてきてはっとして立ち止まった。


「夜行さん歩くの早すぎますよ。」


隣に並んでふぅっと息を吐く名前を確認してからゆっくり歩き始める。


「ふん、お前が遅すぎるんだ。さっさと行くぞ。」


「もう仕事は終わったんですからそんなに急がなくてもいいじゃないですかぁ!それに……どこ行くんですか?」


「……飯だ、腹が減っただろう?」


「やった!ご馳走さまです!」


「誰も奢るとは言ってない。」


俺の返事を聞いていない彼女は上機嫌で何食べます?と聞きながら、先程人に歩くのが早いと文句を言っていたくせに、今度は早く早くと急かすように車に向かう。


その言葉に早足で追いかけながら普段なら舌打ちの1つもしているであろう自分が、微笑んでいることに気付いて口許を隠した。


「お前、俺の事どう思ってる?…………ただの上司か?」


助手席に乗り込んだ彼女に小さく問いかけると、半分だけ身を乗り出し見上げてきたかと思うと同時にドアにかけていた手をそっと取られた。


そのまま名前の薄い唇へ近付けるように持っていかれる手を他人のもののように眺めていると、甲に暖かな感触。見つめる先には名前のいつもの笑顔。


直ぐに離れたそれに驚き無表情を取り繕うのが精一杯で、そこに残された淡い口紅の跡を見ながら助手席のドアを閉めた。


「小娘が……。」


ふんと鼻を鳴らしてみたものの、揺さぶられた気持ちは彼女を好きだとはっきり告げていて、運転席に戻るまでに口説き文句の1つくらい思い付くかどうかそればかり考えていた。




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