22Kiss

□瞼…憧憬
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名前は走っていた。自分の仕事もそこそこに、普段の彼女ならば乱さない髪も今ばかりは何時もの美しさを携えてはいない。


彼が密葬科とやり合ったと聞いたとき、立ち会いに居合わせたのが自分じゃなくて良かった。その程度の気持ちだった。


だが、その日から彼は姿を見せずに代わりに現れたのは南方という男。どことなく彼を思わせる佇まいだが、やはり違う。名前の専属と南方の専属となった男が因縁の仲らしく、ギャンブルの席で南方と顔を合わせるたびに、今はここにいない元拾陸號の彼の事ばかり思い出す。


他愛ない話を数回した程度。本部で会えばお互い軽い挨拶をする。特別な関係ではなかったし、プライベートを交えたことは1度もない。


ただの同僚だったはずの彼が、自分の中に思いもよらぬ程のスペースを陣取っていたことに今更ながら気が付いたときには、心配と不安と後悔が一気に名前へ押し寄せた。


不安な日々を過ごす名前に、彼女の頭を占める存在である門倉の復帰を報せたのは南方だった。


明日退院するらしい、そう告げ終える頃には名前は走り出していたのだけれど。


門倉の入院している病院は賭朗の息の掛かった大病院であったため、本部の人間に聞いて病室まで知ることが出来た名前はその扉の前で悩みながら立っている。


じっと扉を見つめて、ドアに手を掛けるがすぐに離すという行為を繰り返す。無意識にこんなところまで来てしまったが、そもそも門倉のプライベートを知らない名前は中に入っても良いのか、見舞いに来る女がいるのではと来た道を引き返そうと扉に背を向けた。


「誰かわからんけど1人で退屈しとったけぇ、見舞いなら早よ入って来い。」


突然聞こえたここ数週間何度も焦がれた声と、聞き慣れない言葉遣いに戸惑いながらも病室へ足を踏み入れた名前の目に飛び込んできたのは彼女の知っている拾陸號の門倉
雄大ではなく、髪は下ろされ左目に眼帯をした男だった。


「門倉……立会人?」


「おお、苗字立会人か!わざわざ来てくれてありがとう。」


「もう、大丈夫なんですか?」


「そやね、もうだいぶええかな。ちぃとばかし油断してしもたけど。」


苦笑しつつ左目に被せられた眼帯をトントンと指で叩く門倉を見つめて言葉の出ない名前を引き寄せた彼は、彼女の知った話し方で続けた。


「箕輪に殴られた瞬間、頭を過ったのは貴女の事ばかりでしたよ……苗字立会人。本当にこうしてもう一度お会いできて良かったです。」


頬に添えられる男の手に自分の手を重ねた時、その手が濡れていることで初めて自分が泣いていたことに気付いた名前が涙を拭おうとすると、近付いてくる門倉の顔に驚き目を閉じる。


頬に伝う涙を拭うように何度も寄せられる唇に、酷く安心したのか、絞り出すような声が門倉の元へ届いた。


「私、今日までずっと……門倉立会人のこと考えてて。このまま会えなくなったらどうしようって、そればかりで。」


「うん。」


「……気付いたんです。門倉立会人のこと好きだって。」


「うん。」


相変わらず泣き続ける彼女をそっと抱き締めてクスリと笑う門倉に少し怒った様子で見上げる名前。


「人が告白してるときに笑うなんて意地悪ですね。」


「私も以前から貴女のことをお慕いしていましたよ、名前さん。会うたびに話し掛けているのに、いつまでも気が付かない貴女のほうが意地が悪いでしょう。」


「……以前から?」


そう言われると、気が付けば彼が近くにいることが何度もあった。話し掛けてくるのも彼からのことが多かった。思い返せばキリがないほど小さな親切を受け取っていた気がする……。俯き黙ってしまった名前に門倉の声が聞こえる。


「ほら、ね?ですがこうして貴女から告白してもらえるなんて怪我をした甲斐がありましたね。」


以前の彼を思わせる笑顔を浮かべた顔を、もう一度彼女へ近付けると反射的に目を閉じたその瞼に唇を落とした門倉。そうして今度は強く名前を抱き締めた。




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