S.B.Story

□Dear Your Future 1st SeasonB
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「ただいま〜」

「おかえりレイナ」


 小夜香との練習を終えて部屋に帰ると同室の桜宮のどかが居た。


「あのね、のんね、見ちゃったの」

「えっ?」

「レイナが茶髪の女の人と抱き合ってる所」


 別に、何もやましくないのに、玲菜はつい黙り込んでしまった。


「のんじゃ…足りない?のん胸ちっちゃいから?レイナより背ぇ低いから?ねぇのんのどこがだめなのどこがあの女(ひと)に負けてるの?教えてよレイナ」


 別に、のどかと玲菜が付き合っている訳ではない。ただ、のどかが相方としての独占欲が強かっただけなのだ。二人でユニットを組んでいたがなかなかオファーは来ずCDの売上げも伸び悩んでいた。互いに擦れ違い、ストレスが生まれていたのは確かだ。しかし、のどかは玲菜に固執していた。負けん気が強くて、格好いい、そんな玲菜に知らず知らずのうちに恋に落ちていたからだ。

 一人称が“のん”と名前なのどかが玲菜はそもそも苦手だった。けれどどこか正反対でだからこそ気の会う二人は少しずつ打ち解けていき、ついには二人が一年生の冬、ユニット“Rainy-Flower*”を組んだのだ。けれど今の今まで地上波でのユニット出演はなく、玲菜だけが一人で売れていき、のどかは独り取り残されていたのだ。

 そんな最中に小夜香からユニットを持ち掛けられ、二人でこの一年間努力してきたのだ。努力家の二人は相性が良く、それなりに実力も拮抗してきていて、玲菜の過去を知っても、それを受け入れてくれた小夜香に玲菜は心を開いていた。互いにない物を持ち合わせて充足させていく、そんな関係が心地好かったのだ。

 結局レイニーフラワーの持ち歌は一曲しかなく、唯一発売したCDは大量に売れ残り、撮影現場で玲菜がサインを書いて共演者たちに配った。のどかも小学校時代の同級生にCDを配ったが、そんな友達も数は限られている。

 それでも玲菜がユニットを解散させなかったのは、のどかの想いに気付いてはいたからだった。流石に、自分に好意を抱いている人を無下には出来なかった。そんな優しさがのどかを勘違いさせていることには玲菜は気づいていなかった。

 昨年のバレンタインの事だ。玲菜のファンの女の子から届いたチョコレートに洋酒が入っていたのだろう。酔っ払い、頬を紅く染めてうとうととする玲菜の唇をさっとのどかが奪った。幼い二人の、触れるだけの接吻だったがのどかが玲菜を想っているのは明白になった。しかし玲菜はそれには触れず黙ってのどかを受け入れていた。玲菜は事故だったとして、無かったことにしているのかもしれないが、それが二人にとってのファーストキスというものだった。


「レイナに触って良いのはのんだけなんだよ?ねぇレイナ、わかってるの?」

「あ、嗚呼、のどかだけ、な」


 苦笑いしつつ頭を撫でてやりながら玲菜はこれからどうしようか悩んでいた。のどかがあれだけ嫉妬している“茶髪の女の人”、即ち小夜香とユニットを組むだなんて。果たして言ってしまったらのどかはどうなってしまうのか。逆に、のどかに何も言わずにユニットお披露目イベントに出演したら、裏切りと思われるだろうか。


「あのな、のどか。私は今羽生先輩に誘われてレッスンを受けている。もしかしたら一緒にユニットも組むかもしれない」

「はぶせんぱい?だぁれ、それ」

「さっき、のどかが見たあの先輩だよ」

「のんが見た…女の人…? ……茶髪の…?」

「嗚呼。それでもいいか?」


 桃色のカラコンを外したのどかの墨色の瞳が涙で滲む。震える胸で息をしながらのどかが出した答えは肯定だった。レイナの未来のためだから、そう言ってゆっくりと目を伏せたのどかがどことなく儚く思えた。





 それからレッスンを重ねて月日は過ぎ、雪の降るある日。小夜香と玲菜のユニット“*Snow-Flake*”のお披露目ステージの日が来た。


『まぁ、雪ね!私たちに相応しい日だわ!』

「そうですね……。客足は伸びなさそうですけど…」


 緊張しているのか、楽屋での二人の会話は少なかった。玲菜はイヤホンで披露する楽曲を聞きながら振りの確認をしている。小夜香も小夜香でその玲菜の動きを見ながらイメトレをしている。このステージはショースタイルだがアウトロはセンターステージで踊る。複雑な細かい動きを合わせつつユニットフィーバーまで出さなければならないので玲菜はアウトロを中心に何度も何度も繰り返していた。本番前なのに、セットしたショートボブが崩れるのもお構い無しで踊り続けた。


『玲菜ちゃん!玲菜ちゃん!』


 小夜香が何度声をかけても気付かない。何かに取り憑かれているかのように、狂ったように踊り続ける玲菜に小夜香は恐怖を覚えた。まるで、平均台から落ちたあの日のようだったから。玲菜の身にまた何かが起こるのではないか、そう思って必死に玲菜を止めようとした。


『玲菜ちゃん!玲菜ちゃん!……玲菜!!』

「……さやか…さん…?」

『大丈夫。今日の玲菜ちゃん今までで一番うまいから。だから、本番までゆっくり休もう。ね?』

「はい……」


 玲菜は小夜香の腕の中で深呼吸をしていた。


『あ…髪くしゃくしゃだね。直してあげるからここ座って』

「あ、はい…」


 くしゃくしゃになった玲菜の青い髪をヘアアイロンで真っ直ぐに伸ばしていきながら小夜香は玲菜に語りかける。


『玲菜ちゃんさ、どうしてそんなに焦ったふうに踊ってたの?』

「小夜香さんが、また怪我しちゃうんじゃないかって、不安だったんです。…去年の夏みたいに……」


 小夜香は四年前のプリズムショーで着地が乱れてしまい膝を怪我してしまったのだ。そして、昨年夏、小夜香と玲菜が如月ツバサ主演の二時間ドラマで共演したときに小夜香の膝の痛みが悪化したのだ。また小夜香の膝が悪化するのではないか、それを危惧して玲菜はひたすらにユニットフィーバーの着地の練習をしていたのだった。


『そっか。私のためにありがとうね。でも大丈夫よ』

「……でも」

『大丈夫。私には玲菜ちゃんが居てくれればそれだけで心強いんだから。ね?』

「はい!」

『ふふ……あら、メイクも崩れちゃったわね、今直してあげるからね』


 汗でヨレたファンデーションを油取り紙で押さえ、顔に汗をかきやすい玲菜の為にウォータープルーフの眉マスカラを塗り黒のアイラインとマスカラもウォータープルーフの物を使い、ビューラーでくるりと睫毛を持ち上げる。頬の少し高い位置にベビーピンクのチークを斜めにふんわりと乗せ、アイホール全体に塗ったパールのシャドウの上に淡い菫色を二重幅より少し広めにに重ねる。そして仕上げにローズピンクのルージュを引く。


『ふふ、今日も可愛いわね、玲菜ちゃん』

「小夜香さんそれ毎日言うから信憑性ないです」

『だって毎日可愛いんだもの』


 小夜香はにこにこと笑いながら玲菜に塗ったローズピンクのルージュを自分の唇に塗った。それに気付いた玲菜は嬉しそうに笑い改めて鏡を見るとあることに気が付いた。


「……メイク、お揃い?」


 二人とも顔の形、髪型、髪や瞳の色でメイクの仕方が変わってくることは知ってはいた。けれど二人ともよく似合っていた。そして何より小夜香と同じメイクにしてくれたと言うことが、玲菜を心強くさせた。コテで髪を巻き直している小夜香の顔を鏡越しに見るとやはり同じメイクだったがとても似合っていた。小夜香がいつも気にしているエラでさえも玲菜には美しく思えた。

 二人でならんでシステムの前に立つ。玲菜は隣に立った小夜香の顔を下から覗き込むと、少しだけ緊張しているようだった。玲菜がそっと小夜香に手を伸ばすとその手を小夜香が優しく繋いだ。


『大丈夫。私たちなら出来るわ』

「はい、小夜香さんを信じてますから」

『ええ、私も玲菜ちゃん信じてるわ』


 そして二人は舞台に向かった。

『羽生小夜香、プリズムの煌めきを心に込めて!!』

「森川玲菜、輝く星のように!!」


 イントロが流れて、小夜香が玲菜の手を取る。そこで小夜香から煌めくオーラと、金色に輝く羽根が現れた。そして玲菜にエスコートされながら小夜香が椅子から立ち上がり、ランウェイを踊りながら進んでいく。途中何度も目を合わせて、息を合わせて、二人一緒に進んでいった。一度目は小夜香が、二度目は玲菜が、三度目は二人でスターキッシングジュエルを決める。そして玲菜が危惧していたセンターステージでのダンスに差し掛かった。それと同時にユニットフィーバーに入る。ポーズを決めて着地、無事成功した。

 大歓声に包まれながら小夜香は玲菜への想いが止められなくなっていた。玲菜も小夜香への気持ちが尊敬から変わっていったことを感じていた。



 ステージが終わり舞台裏に捌けた二人はそっと抱き合っていた。


「小夜香さん……私…」

『玲菜ちゃん…?』

「私…小夜香さんと一緒に踊れて幸せでした」

『私も……』

「これからも一緒に踊りたいです…いいですか?」

『もちろんよ』


 玲菜がふと言葉を詰まらせる。少し涙ぐみながらゆっくりと言葉を紡いだ。

「あと…さぁちゃんって呼びたい。良いかな…?」

『さぁちゃんって、呼んでくれるの?嬉しい!私も玲菜って呼んでもいい?』

「うんっ!」


 嬉しそうに頬を綻ばせる玲菜は小夜香にとってこの上なく愛おしかった。そして、小夜香は少し緊張しているようだった。


『それとね、もうひとつ良いかな……』

「ん?なぁに、さぁちゃん」










『私に玲菜を、玲菜の一生を幸せにさせてください…!』

「はい喜んで!!」


 こうして二人の初公演は幕を閉じた。




-fin-

 


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