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□そうして今日も世界を廻そう
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『カカシ、お前は強くなる。立派な忍になるんだよ』


ゆっくりと瞼を開ければ、カーテンの隙間から漏れる光が赤く染まっている。久しぶりの休みの今日、珍しく昼寝をしたらしい。固まった背中をぐん、と伸ばして起き上がって、ふらりと何の気なしに家を出た。

行く当てもなくなんとなく足を進めながら、久しぶりに夢に見た父さんの言葉を思い出す。


いつだったか、俺の頭を撫でた父さんが言った言葉。これが数少ない父さんとの記憶の欠片のひとつ。
あの頃は忍としての技術に対して言った言葉だと思っていたけど、今はそうじゃないとも思うようになった。

父さんが言う強さとは、仲間を想う気持ち。
守りたいとか、死なせたくない、とか。そういう誰かを想うことだと今は思っている。きっと術の強力さとかそれこそスキルのこととかも入ってるんだろうけど、それ以上に大きいのが“仲間を守りたいと思う気持ち”。

俺は父さんだけじゃなく、オビトにも、リンにも、ミナト先生にもそう教えてもらったような気がする。
忍として生きていれば、仲間や大切な人を失うこともある。それでもその散っていった仲間の命も生きている者が背負っていかなきゃならないと思う。…いや、背負うというのはおかしいか。その仲間の遺志を引き継ぐ、そう思って生きていかなきゃいけないと思う。

父さんの言う、“立派な忍”になるために。



「父さんおかえり!」
「おう、ただいま!いい子にしてたか?」
「うん!いっぱい母さんのお手伝いしたんだよ!」
「はは、そうかそうか。えらいな!」
「うん!」



きっと任務帰りなんだろう父の姿を見つけた子供がその背に飛びついた。笑ってそれを支えながら、他愛もない話をして家路につく親子。その微笑ましい姿を見ていると、いつかの俺と父さんのような気がしてくる。


父さんは、忍の掟が全てだった時代に、任務遂行よりも仲間の命を優先して、その仲間や多くの人から罵詈雑言を浴びせられて心を病み、自ら命を絶った。当時まだ体も心も頭も子供だった俺は、掟を破って死んだ父さんをどこか恥ずかしく思っていた。

掟さえ守っていれば、仲間を助けることより任務遂行を選んでいれば。
俺がこんな想いをしなくてすんだのにとさえ思っていた。

それから俺は、むやみやたらに掟にこだわった。
掟が全てだと信じ、父さんのような忍にはならないようにってずっと思って大きくなった。忍にとって、誰かを想う感情は不要なものだと、自分に言い聞かせるように言っていた。

だけど、初めてできた親友に言われた言葉が俺を変えた。


“忍の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる。…けどな…、仲間を大切にしないやつは、それ以上のクズだ”
“同じクズなら、俺は掟を破る”
“それが正しい忍じゃないってんなら…、忍なんてのはこの俺がぶっ潰してやる!”


バカだと思った。綺麗事だと思った。
…でも、それと同時に、格好良いとも思った。

あいつの言う意味が解らなかったわけじゃない。だからこそ、俺はあいつに変えられて、今の俺がいる。父さんが仲間を助けることを優先した意味も、その理由も。きっとあの頃から俺は分かってた。でも信じようとはしてなかったんだ。そう、あいつに教えてもらった。



「…父さん」



あなたのしたことは、たしかに掟を破ったかもしれない。
だけど、それがもう少し後だったなら。時代が違ったなら。
あなたの教えはきっと間違っていなかったと多くの人が思うでしょう。

親不孝な息子でごめんなさい。
あなたを信じ続けられなくてごめんなさい。


ふと足が止まった先は、墓地の端にひっそりと建った、父さんの墓の前だった。
その前に跪いて手を合わせ、そっと目を閉じた。



「…ずっと来られなくて、ごめんなさい」



父さん、あなたに伝えたいことがあるんです。
実は俺、父親になりました。あなたと俺と同じ、銀髪の男の子です。
毎日元気に、すくすく育っています。

本当はもっと早く父さんに知らせたかったんだけど、どんな顔をしてここに来ればいいのかわからなかったんだ。
父さんを信じ続けられなかった俺が、たとえすこしでも父さんのしたことを恥ずかしいと思っていた俺が、どの面下げて来ればいいのかわからなかった。

だけど、俺もあなたと同じ、父親になった。
だから、これからはなるべく顔を出すようにします。

父さん、俺はあなたを誇りに想う。
あなたのように、決断を恐れず、真っすぐに仲間を守れるような、そんな忍になりたいです。

きっと父さんのことはいつまで経っても越えられないだろうけど、俺なりに頑張ってみるよ。
仲間はもちろん、久しぶりに手に入れた、俺の家族を守れるような、“立派な忍”になるために。


ゆっくりと瞼を上げて立ち上がり、墓に眼をやる。


父さん、近いうちに嫁さんと息子を、俺の家族を、ここに連れて来てもいいかな。
初めてできたあなたの孫を、やっと見つけた俺の大切な人を、どうか見てやってください。


もう一度心の中で問いかけて、家路についた。



『立派になったな、カカシ』
「!」



木の葉が混じった風に乗って聞こえたような気がした声に、自然と口角が上がる。
そして、俺の家族に、なんだか無性に会いたくなった。






あなたのような、父になりたい。

fin.

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