妄想部屋

□七夕☆パーティー
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都内の一等地に、自社ビルを構える大都芸能事務所。

その最上階には、大都グループの次期君主たる男、速水真澄の社長室がある。

彼は、積み重なった書類の最後の一枚にサインを終えると、椅子から立ち上がった。

背後にある大きなはめ殺しの窓からは、東京のビジネス街の景観を一望することが出来る。

真澄はゆっくり窓まで進むと、せわしなく動く都会の営みを見降ろした。

「見ろ!人がまるでゴミのようだ‼」

「(バルス…)いいから、早くその書類をお渡し下さい」

水城冴子は、チラチラ此方の反応を伺っている上司を無視する事に決めた。

「目が〜っ!目が〜っ!!」

「…真澄様も、マヤちゃんとのジェネレーションギャップを埋めるのに、大変ですこと」

冷ややかな冴子に、真澄はラピュタごっこを諦め、書類を乱暴に投げて寄越した。

「今日は今から、マヤちゃんが見えるのでしょう?」

不機嫌になりそうな上司のご機嫌をコントロールするのも冴子の仕事だ。

「うむ。見てみろ!この立派な笹を!マヤが喜びそうだろう?」

社長室に不釣り合いな笹と、七夕飾り。短冊には、不吉な願い事が書かれているに違いないので、冴子は目を通していない。

「マヤちゃんなら、大はしゃぎしそうですわね」

適当に相槌を打ちながら、その場を後にしようと踵を返すと、社長室を誰かがノックした。

「マヤか⁉入りなさい!」

「…あのう。社長にお届け物だと、配達業者が来ておりますが」

秘書課の後輩が、おずおずと真澄に告げる。

「…チッ!部屋の隅にでも置いておいてくれたまえ」

秘書の代わりに入って来たのは、二名の配達業者。リボンの掛かった大きな箱を手に、重そうに運んでいる。
彼らは部屋の片隅にその箱を置くと、冴子にサインを書かせ、部屋を出て行った。

「真澄様…こちらの配達物は紫織さんからですけども…今開けられますか?」

真澄と婚約中である鷹宮紫織。彼女は敏感に真澄が自分に興味がないのを感じ取り、気を引く為か、こうして時々贈り物を送って寄こす。

「マヤが帰ったら開けるとするよ」

紫織からの貢ぎ物に、何時も迷惑そうな顔をする真澄だが、ごく稀に、紫織の意図とは違う方向性で真澄を喜ばせる場合もある。

前回真澄を爆笑させたのは、紫織のイラスト入りポエム集だった。

デッサンを無視した真澄のイラストにも狂気を感じたが、その下に書かれたポエムも病んでいた。


貴方の中には闇がある

は 闇 ますみ…

わたくしの中には塩がある…

たかみや 塩 り

貴方の闇をわたくしが払って差し上げるの…

わたくしの清め塩で…


『水城君!これを見ろ!コレ!』

『ぶひゃひゃひゃひゃひゃっっ‼…コホン…失礼致しました。真澄さ…ぶひゃひゃひゃひゃ‼』

以降、冴子と真澄の間で彼女のことは
〈 退魔師 〉
そう呼ばれている。

「えーと…入っていいですか〜?わっ!凄い!」

配達業者と入れ違いに、マヤがドアから顔を覗かしている。

「ああ、マヤ!さぁ、入れ、入れ!短冊もあるぞ?何か書いて飾りつけなさい」

脂下がった顔で手招きする真澄の表情が、マヤに続いて入って来た人物に曇る。

「本当だ〜!思ったより、立派だな〜!」

「桜小路…。君は…私に何か用があるのかな?」

社長室におどろおどろしい空気が立ち込めるが、能天気な二人はまったく気がつかない。

「え〜と。速水社長が七夕パーティーするからおいでって、マヤちゃんに誘われたんですよ〜」

ニコニコと邪気のない桜小路とマヤと
漆黒の闇を纏いし真澄。


(退魔師の出番ね…)

冴子はお茶を用意すべく、さっさと部屋を出て行った。


お茶とケーキを携え社長室に戻ると、マヤは折り紙で何やら飾りを作り、真澄は桜小路に手鏡をかざし、桜小路は赤面している。(注釈1)

(マヤちゃんは別として、相変わらず真澄様と桜小路君は、腑に落ちない精神構造をしてるわね…)

和やかとは言い難い、応接セットの三人組に冴子が飲み物とケーキを配っていく。

「はい…マヤちゃん達にはケーキと紅茶。真澄様はブルーマウンテンでよろしいですわね」

「わーい!ケーキ、ケーキ〜っ!」

子供のように喜ぶマヤに、冴子は暫しほっこりとした気分になる。

「真澄様も、桜小路君も、とりあえずお茶にしたらいかが…」


プッ…。


「…誰だ」

「なぁに?今のオナラ?…やだぁ…桜小路君?」

桜小路が慌てたように、部屋にいる三人の顔を見回す。

「ぼ、僕じゃないよ!み、水城さんじゃないの⁉」

「何で、私が…」

「ははぁ…マヤだな?正直に言ってみなさい」

「へ⁉あたし⁉」

真澄と桜小路が同じ種類のにやにや顏でマヤを見つめる。

「ひどい!違うもん!あたし、オナラなんかしてないもん!」

マヤが真っ赤な顏で、苺の刺さったフォークを振り回した。

「…真澄様ではありませんの?」

「そうよ!速水さんが怪しい!すっごい怪しい‼」

「言い出しっぺが犯人…ありえるね…」

三人の疑惑の目が真澄に集中する。

「な…何だと…」
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