妄想部屋
□襖 ーふすまー
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いつもの朝
いつもの部屋
いつもの毎日…が始まるとは限らない。
真澄はいつもの様に、目覚ましのアラームが鳴る前に目が醒めると、軽く伸びをしてベットを抜け出した。
ふと見ると、ある筈のないものに目がいく。
(なんで…俺の部屋に襖があるんだ…)
壁には、昨夜寝る前にはなかった襖が、美しい壁紙に不釣り合いな佇まいで存在を主張している。
おそるおそる真澄は近寄り、腕を組んで襖を眺めた。
(…それにしても、年季の入った襖だな)
所々シミがあり、茶色く煤けた襖を暫し眺めた後、意を決して真澄は襖を開けた。
「真澄!腹がへったぞ」
六畳間位の部屋に茶色い年代物のタンス、あとは卓袱台。他に家具は見当たらない。
タンスの横手には玉暖簾が吊るされ、奥の空間に台所であろう、流し台が見える。
部屋の真ん中に配置されている卓袱台の前に鎮座した英介が再び口を開いた。
「メシ」
「お父さん…この部屋は一体、いつ作ったんでしょうか…」
「なんだいきなり!築50年位じゃろ」
真澄は思った答えが返ってこない不条理さに、付き合う気力を無くして自分の部屋に戻る事にした。
ガラッ
襖を開けるとそこには布団があった。
「メシ」
聞きたい事は山程あるし、この現状を理解出来ないが、メシ、メシ煩い英介を一旦黙らせる事にした。
無言で玉暖簾を潜り、冷蔵庫を開けると味噌やポン酢などの調味料と卵が2個
あちこち棚だの収納だの空けてみたが、小麦粉や、片栗粉の類いしかない。
虚ろな表情で真澄は呟いた
「米がない………」
真澄は仕方なく小麦粉を取り出し、うどんを打ちだした。引き出しにあったナイロン袋に小麦粉と塩を捏ねた物を入れ、足で踏む。
(俺は何をしているんだろうか…)
一夜にして出現した謎の部屋、冗談など言わない英介の可笑しな振る舞い…
出来上がったうどんを英介に食べさせながら、様々な疑問を英介にぶつける。
いっこうに話が噛み合わずイライラはしたが、取り敢えず、母を亡くした後、二人暮らしである事、真澄がコンビニで働いている事などを聞きだした。
話の統合性は取れているし、真澄を騙している様子はない。
結論は
(パラレルワールドか…信じられんが、兎に角この世界で帰れる手段を探そう…はぁ…)
先ずは、いつ帰れるのかわからない限り、この世界の真澄の日常をこなすしかない。
職場のコンビニはすぐ近所らしい。
しかし、三十路を過ぎた男がコンビニ…こちらの世界の真澄は無能なのであろうか…。
「お父さん、仕事に行ってきますね…(とりあえず)」
「ん?今日は休みで、今からマヤちゃんとデートだろ?」
(マヤ!この世界で、俺とマヤは相思相愛なのか!)
真澄は、長い間の片思いを拗らし、果てには紫織と婚約していた筈だ。
この世界に来て初めて良い話を聞いた。そうと決まれば着替えなければ。
真澄はパジャマのままだった為、着替えを取り出すべく、やや不吉な予感を持ちながらタンスを開いた。
(なんだ…これは…ジャージ、またジャージ、ジーンズ、Tシャツ…)
この中ならば、Tシャツとジーンズが無難な筈だが、いかんせんプリントしてあるロゴがすざましくて手が出せない。
LOVE、MASUMIN、猛毒…
ここでの真澄は桜小路と仲が良いかもしれない。
真澄はジャージにするか、猛毒にするか、苦悩した末、1番地味な色をした、薄いブルーのジャージを着るという苦渋の選択をした。
財布を見ると、意外にも数枚の千円札と、銀行のキャッシュカードが入っている。
しかし、使い過ぎは危険な気がする。
取り敢えず、デートの帰りに食材を購入し、マヤにはハンバーガーでも食べさせておこうと心に決め玄関に向かった。
靴はトイレで履くようなサンダルか、スニーカーの二択であったので無論、スニーカーを選んだ。
外にでると、ここが古いアパートの二階である事がわかる。
階段を降りると、自転車が並んでいた。
(車は絶対持ってないな…)
自転車を見ると、〈速水真澄〉と白いマジックで名前の書いた自転車を発見した。
見回すと真澄のアパート意外、多少変化はあるが、もと住んでいた場所にアパートが建っているようだ。
マヤの家も、場所は変わっていないかもしれない…
待ち合わせ場所も時間もわからないので、自転車でマヤが住んでいるアパートの場所まで行く事にした。
ジャージを着た真澄が自転車で疾走する。
「速水っちー!」
不似合いな呼び名で名前を呼ばれ、自転車を止め振り返る。
「亜弓君!」
真澄を見つけ、ぴょんぴょんと跳ねる亜弓は、高い場所で結ばれたツインテールに24時間テレビのTシャツ、蛍光ピンクのドット柄のスカートといういでたち。
肩にはパンダのリュックを背負っている上、足元は下駄を履いている。
「今日、速水っち、仕事休みだよな?あっ!マヤマヤとデートか??ぐううらやま!今から仕事のワイ死亡wwちな、明日シフト一緒な?よろしく二キーっ!」
ドゥフドゥフと笑いながら去っていく亜弓に、この世界に来てから何度目かの白目をむいた…。
どうやら真澄と亜弓は同じコンビニで働いてるらしい。
何を主張しているのかサッパリわからないファッションの亜弓もまた、アパート暮らしなのだろうか…。
急いでいた為、知りたい事は明日仕事で会った時にでも聞き出そうと、ペダルを漕ぎ出した。
〈北島〉
堂々とした門構えに御影石の表札が掛かっている。
(…これはまた…えらい豪邸だな…)
真澄が元いた世界の速水邸よりも、更に大きい邸宅のインターホンを恐る恐る押す。
インターホンから返事が来る前に、屋敷の二階の窓が乱暴に開いた。
「速水さ〜〜ん!!」
「マヤ!」
元いた世界と変わりないマヤを見て真澄はホッとする。
暫く待つと、マヤが玄関を出て門まで駆けてきた。
「チャイムがなったから、速水さんだと思って、お母さんが何か言う前に、お友達だから!って出てきちゃった!」
(春さん…生きているのか!よかった…。しかし、交際を反対されているのか…?そりゃそうだな…)
「さぁ!行きましょう!」
薄い水色のシャツに、白いコットンのパンツ。足元は青いローヒールの上品なサンダルを履いている。肩に掛けたボーダーのトートバックもカジュアルに見えるが高級なブランドのものだ。
ヒラリと軽やかに自転車の荷台にまたがると真澄の背中を叩いて出発を促した。
取り敢えず当てもなく自転車を漕ぎだす。
爽やかな風が頬を撫で、アクアマリン色の空を雲が流れていく。
真澄の腰を柔らかく抱くマヤの腕から、暖かい体温が伝わってくる。
(なかなか、いいもんだな…)
気持ちの良い天気に、マヤがいつも発声練習していた河川敷に向かう。
「あ〜…気持ちいいねぇ〜。いつもパソコンばっかり睨みつけてるから、外で風を感じるとホッとしちゃう!」
どうやら、こちらのマヤもかなり様子が違うようだ。
「取り敢えず、北島グループの関連事業は、このまま他の人材に任せてもいい位に順調よ。
わたしは今後、『純黒の悪魔』の上演権獲得の為に、北島芸能の仕事に集中するつもり」
「純黒の…悪魔?」
「何いってるの!速水さんが名優黒沼龍三に見出されて以来、頑張って試演にまで漕ぎ着けたんじゃない!聖唐人は強敵だけど、あたしは速水さんを全力で応援するからねっ!」