everlasting

□everlasting 8
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「カット!」

監督のその声に、徐々に北島マヤが戻ってくる。
スタジオから拍手が湧き、スタッフの一人から花束が手渡された。

「マヤちゃん、お疲れ様!紅天女の舞台頑張ってね!」

「綺麗…。ありがとうございます。頑張りますね」

無事ドラマの撮影を終えてホッとする。
今日であたしの出番の収録が、全て終了とな
った。

花束を抱え、お世話になった監督や、演出家、その他のスタッフの一人一人に挨拶をしてまわる。

いつもなら、マネージャーがあたしの隣に付き添うけれど、いつの間にか、隣で一緒に挨拶回りに加わったのは水城さんだった。

「水城さん…今日はマネージャーは?」

「ああ、マヤちゃんは今日で撮影終わりでしょ?私も仕事が終わったし、一緒に帰ろうと思って。
彼女には先に帰ってもらったわ」

水城さんは、あの日…速水さんがあたしの部屋を訪れた日から、泊まり込みであたしに付き添ってくれている。

「さ、何処かで美味しいものでも食べて帰りましょう」


*****


「美味しい!」

「でしょう?」

水城さんのお勧めで訪れたこの店は、全室個室の創作和食の店で、あっさりとした味付けが疲れた身体に優しく染み渡った。

「マヤちゃん、身体はもう平気?次の日から撮影に参加するなんて…。
休んでも良かったのよ?スケジュールなら、調整してあげたのに」

「あたし丈夫ですから。それに、後2日を残すだけでしたし。
大した事もないのに他の演者さんや、スタッフさんに迷惑かける訳にはいきませんから」

「そう…?なら、いいんだけど…。
それから、椎名君が明日退院するみたいよ。嘔吐の方も止まったみたいだし、食事さえ取れれば退院してもいいみたい。
でも、やっぱりカウンセリングは受ける気ないみたいね」

涼ちゃんは、あたしの部屋で一夜を過ごした翌日に、水城さんに付き添われ病院に行った。
彼は、水や食べ物を一切受け付ける事が出来ず、脱水による発熱もあった為、念の為入院したという事だ。

「そうですか…。お見舞いに行きたいんですけど、あたしを見たら、また思い出して気分悪くなっちゃうかも知れないし…」

「そうね。彼のトラウマに関わる事だけにね…。彼の撮影は明後日に伸ばしてもらってるけど…厳しいかもしれないわね」

水城さんは、あたしの事だけでなく、涼ちゃんのフォローまでしてくれている。負担はかなり大きい筈だ。

「水城さんこそ、身体壊したりしませんか?あたしは本当に大丈夫ですし、無理はしないで下さいね」

「ありがとう。でも、心配はいらないわ。
真澄様がね、何も言わないけど、私があなた達のフォローに回れる様にと、仕事を采配してくれたから」

つい、速水さんの哀しそうな顔を思い出し、思わず胸が詰まってしまったあたしは、静かに箸を置いた。
物想いに耽るあたしを見た水城さんが勘違いをしてしまうのも無理はない。

「ごめんなさい…。真澄様の話は聞きたくないわよね」

「あ、違います。むしろ聞きたいんです。多分速水さんは、自分がした事で、凄く罪の意識を感じている筈ですし…。
落ち込んでるんじゃないかと心配なんです」

あれ以降は速水さんの顔も見ていないし、声も聞いていない。
彼は大丈夫なんだろうか…。

「罪を犯したんだから、罪の意識を持つのは当然ね。
だけど、あの時マヤちゃんは真澄様を庇ってたけど…貴女、本心から彼を許してるの?腹は立たないの?」

「あたしにも落ち度はありましから。
怖いし、辛いし、屈辱的ではありました。でも、やっぱり憎しみは湧いてこないんです」

白ワインをゆっくり飲みながら、水城さんは暫く無言になってしまった。

「あの…元気ですか?速水さん。ご飯とかちゃんと食べてるのかしら」

「…表向きはね。仕事もちゃんとこなしているわ。流石に食欲旺盛とはいかないけど、健康管理は出来ている筈よ。
私の代わりを務めてる秘書から、逐次報告をさせているから間違いないわ」

水城さんの配慮は、あたしのみならず、涼ちゃんや、速水さんにも及んでいる。彼女には感謝のしようもない。

「…あの夜ね。真澄様と少し話し合ったの。あんな事をしてしまって…これからマヤちゃんとどう向き合っていくのか。
それにね、真澄様の胸の内を知りたかったのよ。
私は貴女の気持ちを知っているけど、真澄様は覚悟はしているみたい。貴女に憎まれる事も、貴女が彼を訴える事も。
貴女の裁きを待っている…そんなところかしら」

速水さんの言った『責任は取る、煮るなり焼くなり好きにしろ』とはそういうことか…。

「椎名君が寝付いたと思って、真澄様と会話してたんだけどね。彼聞いてたみたいで…。私、彼は真澄様に対して凄く怒っていると思ったの。だけど、少し違うみたいね」

「涼ちゃん…彼、何か言ったんですか?」

「ええ、あまり喋れる体調じゃなかったから、彼が話したのは、貴女が大丈夫かって事と、貴女は速水さんを訴えたりしないと思うってそれだけ」

人の気持ちに敏感な彼の事だから、あたしの気持ちを理解しただけでなく、一番誰が傷ついたのかを察したのかもしれない。

「それとね…。今貴女にこんな話をするのはどうかとも思うんだけど…」

「…なんでしょう。聞きたいです」

水城さんは、少し考える素振りを見せた後、やがて意を決した様に口を開いた。

「ここに来てね、真澄様と紫織さんの婚約解消が少し前進したみたいなの」

「え…?どういう事ですか?」

「あの夜の次の日かしら。私が退社した時、いつもの様に紫織さんに呼び出しを受けた真澄様が帰っていらっしゃってね、『紫織さんが婚約解消の件を考えてくれるそうだ。今更皮肉なもんだな』そう仰ったの。今まで頑なだった紫織さんがって私も思ったんだけど」

どうしてだろう…。速水さんが婚約解消を願い出る度、命を盾にしてまで引き留めてきた紫織さんが…。

「ここからは私の推測も入っちゃうんだけど…。
真澄様は今、貴女の裁きを待ってるって言ったでしょ?それが態度に表れてるところはあるのよね。なんて言うのかしら…失う物はもう何もありませんというような…諦観した様子?ううん、要するに、捨て鉢な態度ってとこね。
紫織さんは今まで、真澄様の罪の意識を利用して引き留めてきた訳じゃない?
だけど、今まで通用してきた手口が今の真澄様には通用しない事を察したのかしら…?
二人にいったいどんな会話がなされたかまでは聞かなかったから、よくは分からないけれどね」

速水さんと会う事も叶わず、電話さえかかってはこない今、彼の置かれている立場がどのような状況なのか、あたしにはさっぱりわからない。

「マヤちゃんは…どうしたい?真澄様が婚約解消したら」

「どうしたい…と言われても…。
あたしと速水さんはお互い気持ちを確認しただけで、世間一般の恋人同士のような関係とは違いましたから。
今までは、速水さんが婚約解消したら、やっとスタートラインで、デートとか出来るのかなって、漠然とした夢みたいなものを描いていただけですし」

水城さんは深い溜息を吐いた。

「それはそうよね…。両思いではあるけど、本来ならスタート前の状態よね。
でも、たとえ婚約解消出来たとしても、真澄様からデートに誘うだの、交際を申し込むだの、ましてやプロポーズなんて出来る立場じゃなくなっちゃったわねぇ。
なにせ、判決待ちの犯罪者ですもの」

「裁くとか…そんな事考えてもないのに…。もしかして…交際もあたしが申し込んで、デートもあたしから誘うんですか?
そして、暗い顔で海に行ったり、遊園地に行ったりするの?
そんなの考えただけで、気が滅入っちゃいます。
それにプロポーズくらい男性からして欲しいですよね?本当に嫌だなぁ。」

あたしがぶつぶつと文句混じりに呟いていると、水城さんは目を見開いて、暫くあたしの顔をまじまじと見つめた。

そして、吃驚する位、大きな笑い声を立てた。

「えっ!何⁉あたし、変な事いいました⁉何で水城さん笑うの⁉」

ひとしきり笑った水城さんは、おしぼりで涙を拭くとこう言った。

「いえ…違うのよ?貴女の言うとうり!プロポーズはやっぱり男性からロマンチックに告白されたいわよねぇ。
貴女を見てたら、あ〜あ。ヤキモキするの馬鹿らしくなっちゃった!恋する女は強いのね!」

「何だか…馬鹿にしてませんか…?」

自分なりに苦悩しているつもりなのに、なかなか笑いが治らない水城さんへ、少し恨みがましい視線を向けた。

「馬鹿になんかするもんですか!流石マヤちゃん!って感心してたとこよ。
あぁ…久しぶりにお酒が美味しいわ。もうちょっと女子トークしましょ!明日休みでしょ?」

返事も聞かずに、水城さんはグラスに並々とワインを注ぎだす。
介抱しなきゃならない程飲まなきゃいいけどと、少し不安になってしまう。

「マヤちゃんに比べて、真澄様は根暗だから、プロポーズさせるのは大変よ?
実はね、私、真澄様の気持ちを知ってたもんだから、貴女に想いを伝えるよう、真澄様の背中を押した事あるのよ。」

「そうなんですか!速水さんはいつから、あたしの事好きだったんだろう…」

水城さんはニヤニヤしている。

「私が思うに、貴女と里美君がお付き合いを始めた頃には、もう気持ちは貴女にあったわね」

「うそだぁ…」

「あのねぇ…。マヤちゃん絡みで真澄様の感情が爆発する度、何度私が八つ当たりされて割れたグラスだの、カップだの、お掃除してきたと思ってるの?」

「…すいません」

水城さんの目が半分すわり、絡み酒の様相を呈してきた。

「今の真澄様はあの時以上に厄介かもねぇ…。青信号も渡れない意気地なしだし。ホント困ったもんだわ。
罪の意識に雁字が目になった真澄様に何を言っても、今はダメかも知れないわねぇ」

「あたし頑張ります。速水さんがあたしの事好きだって思ってくれている限り」

水城さんが嬉しそうに笑った。

「マヤちゃんは、本当にひたむきで前向きね。そして強い。
何かある度、オドオドしてたマヤちゃんは何処にいったのかしらね。
貴女が真っ直ぐ真澄様に向き合ってる限り大丈夫ね。
…こんな風に貴女と女性として、対等にお酒を酌み交わせる日がくるなんてね…。感無量だわ」

感慨深げに水城さんがそう言った。
誰が評しても、彼女の事をクールで有能なキャリアウーマンと言うだろう。
勿論あたしも、水城さんは速水さん同様、頼りになる大人のカテゴリーに入っていた訳で…こんな風に対等に扱って貰えるなんて思いもしなかった。
やはり、少し嬉しい。

「私も前向きに…!鷹宮家と敵対するとなれば大都グループも正念場ね」

「…あたしもその事がいつも気になってしまって…。大丈夫なんでしょうか…」

きっと速水さんや、大都の社員の人まで巻き込んでしまう…。その事を考える度、何も出来ない自分が情けなくて、心苦しかった。

「違う、違う!マヤちゃんを責めてる訳じゃないから。いったでしょ?私はあなた達の味方だって。
私がこんな時の為に、今迄何もしなかったと思う?真澄様も知らないけど、着々と婚約解消後の対策は練ってあるわ。私の優秀さが発揮されるチャンス到来ね!
まぁ、見てなさい。真澄様をこき使ってやるから」

水城さんは、赤い顔をしながら、機嫌よさそうにケタケタと笑った。

「マヤちゃん?貴女はもう大丈夫ね。私は明日から、椎名君のフォローに当たるわ。
貴女は、来週からの紅天女の舞台がんばってね?東京公演の出来次第で、全国公演の予算や規模が決まるんだから。期待してるからね!」

「はい!頑張ります!…水城さん…ありがとうございます…涼ちゃんの事お願いします」

水城さんには、本当に頭が上がらない。
あたしは、深々と頭を下げた。

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