everlasting

□everlasting 2
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あたしは狡い人間なんだと思う…。

淋しさに甘えながら、いつだって誰かの手に縋りつきながら生きている。


「ねぇ、速水社長とはその後どう?」

いきなり声をかけられ、思わず驚いて台本を落としてしまう。
落ちた台本を目で追うと、スッと美しい指がページの端を摘み上げた。

「こんなの、覚えちゃってる癖に…」

パンパンと埃を落とされた台本があたしの膝に戻された。

「こんなところで話す事じゃないじゃない…」

周囲を伺うあたしを余所に、美しい指の持ち主は、ズルズル椅子を引っ張ってピタリと横に張り付く様に座ってしまった。

「誰も聞いちゃいないって…」

そうは言いながらも、答えを促す声は密やかだ。
流石に親密そうな2人にスタッフ達がチラチラこっちを伺いはじめた。

「今日はこのドラマのスタジオ撮りで仕事が終わるんだけど…涼ちゃん家行ってもいい?」

女性のみならず、男性さえも思わず魅了されるであろう蠱惑的な笑みを浮かべると、あたしの共演者である涼ちゃんこと、椎名涼は、スタジオの隅に置いてあるお菓子の差し入れを食べに行ってしまった。

日本人離れした整った容姿。ハーフであるが故という美点を差し引いても、ビスクドールを思わせる美しい目鼻立ちや、赤味がかった唇は見る者を思わずハッとさせてしまう。

長い睫毛が縁取る褐色の目に見つめられれば、その魔力に魅入られてしまう…。
というのは、彼に魅了された人達からの受け売り。
あたしは彼にときめいたりなどはしない。

速水さんへの恋心に忠誠を誓っている訳ではない。

彼は特別。あたしにとって彼が恋愛対象になることはない。

「マヤちゃん?今、見てたわよ。噂になっても知らないわよ?」

「水城さん!」

肩に手を置かれ見上げると、速水さんの第一秘書の水城さんだった。その彼女が現場に足を運ぶなんて本当に珍しい。

「水城さん、どうしてこのスタジオに?」

メイクさんが、慌ただしくあたしの髪やメイクを直す中、水城さんはさっきまで涼ちゃんの座っていた椅子に腰を下ろした。

「マヤちゃん、貴女に話があって会いに来たの。今から撮るシーンで今日は終わりでしょ?
マネージャーは先に帰しちゃったから、私が此処で待つわ。さ、出番よ。いってらっしゃい」

有無を言わさぬ水城さんの態度…。何を言われるかちょっと怖いけど、仕方ない。

あたしは、立ち上がって、今演じている勝気な女の子の仮面を被ると、ライトの中に足を踏み出した。


* * * * *


撮影が終わって、水城さんに連れ出されたのは、店内にいくつかのプライベートなブースを有する静かなカフェ。

店員に案内されたのは、そんな店内でもいっそう人目につかないであろう、奥手にある目立たないスペース。

「少し人に聞かれたくない話もあるものだから、予約しといたのよ」

「事務所に帰ってお話しした方が良かったんじゃないですか?」

「…真澄様抜きで貴女と話したかったものだから」

仕事絡みの話でないという事だろうか…。皆目見当がつかない。

水城さんはコーヒーを、あたしはミルクティーをと注文された物をそれぞれ置いて、店員がその姿を消すまでは、撮影の進み具合だとか、これからのスケジュールだとか、恐らく確信から離れた内容を水城さんは話した。

「さて、と…単刀直入に聞くわね。椎名涼君と貴女の関係はどうなっているのかしら」

「え⁉噂になってるんでしょうか?」

「まだよ。真澄様もこの話は知らないわ。貴女と椎名君のマネージャーが噂になるのを気にしている。そんな段階ね」

成る程。あたしも涼ちゃんも大都所属だし、マネージャー同士も仲が良い。あたしと涼ちゃんが気安く会話しているのを一番良く見ているのは、マネージャーの彼女達だ。

「仲はいいです。だけど、水城さん達が思っているような関係ではありません。彼には…肉親に近い感情を持ってます」

「天才を理解するのは天才のみ…か…。まぁ、引き合わせたのは私なんだけどね」

水城さんは得心がいったというような表情
をしているが、理解してくれる人は他にもいる。あたしにだって友達や、演劇仲間はいるのだし。
女優としてのあたしを理解してくれているというのなら、涼ちゃんより、寧ろ亜弓さんかも知れない。

「仕事というよりも、お互い環境が似ているから…」

「ああ…椎名君も御両親を亡くされていたわね…」

そう…母さんは死んでしまった。
母さんにとって、あたしは最期まで、どうしようもないバカな子でダメな子で、親孝行をする間もないままにこの世を去っていってしまった。
だけど、今なら?女優として少しは認めてもらう事の出来た今なら母さんは褒めてくれる?

頑張ったね。立派になったね…

感慨深げにそんな言葉をかけてくれたのは涼ちゃんだった。

本当は母さんにそう言って欲しかった。

もしかして、母さんが涼ちゃんの口を借りて褒めてくれたのかも知れない。
母さんが彼をあたしの元へ呼び寄せてくれたのかも知れない。
そんな想像が、何時までも塞がる事のなかったあたしの心の傷を優しく癒す。


涼ちゃんと知り合ったのは、このドラマの撮影が始まる直前だ。

大都芸能の会議室に、水城さんに連れられ入って来た時の彼は、綺麗な顔立ちではあるけれど、現在、雑誌やTVに映し出される様な蠱惑的なムードは一切感じられなかった。

野暮ったい服装に、手櫛さえ入れていない様なヘアスタイル。活気のない表情に黒縁のメガネ。
何故かわざわざ冴えない青年を装っている…そんな印象だった。

『この子は椎名涼君。小さな事務所でバイトのモデルをやっていたところを私がスカウトしたの』

その時、目の前にいるこの冴えない青年がモデルという事に驚いたことを覚える。

今思うと、パッとしないモデルだった涼ちゃんの魅力と才能に気付いた水城さんは、やはり有能としか言いようがない。

『彼を売り出す為に、マヤちゃんの力を少し借りたいの。貴女が次に出るドラマに彼も出演する事になったわ。だけど、演技自体彼には初めての経験なのよ。ドラマでは同じ事務所の先輩としてフォローしてちょうだいな』

人に教えられる程、あたしも偉くはないけど…彼は全く未経験だと言う。多少の役には立てるかも知れない。

「北島マヤです。お役に立てるかわかりませんけど…分からない事があったら聞いて下さい。よろしくお願いします」

「…よろしく」

あんまり愛想が良くない人。それが初めて涼ちゃんにあった印象だったが、握手したその手は温かかった。
でも、正確に言えば、初めて彼と会ったのは、もっと遠い昔。
母さんが生きていたあの頃の、すっかり擦り切れてしまった記憶の中の少年。

暫し涼ちゃんとの出会いを回想していたあたしの意識は、水城さんの次の言葉で現実に引き戻された。

「さて、次の質問よ。ここからが本題なんだけども…。真澄様と貴女の事よ」

ハッとして顔を上げると、静かな口調ではあるが、誤魔化しは通用しない。そんな全てを見透かすような水城さんの視線に出会った。

「椎名君との様なお友達って訳ではないわね?勿論、唯の事務所の社長と女優という関係でも。
どちらかと言えば、椎名君との噂の方がありがたいわ。
真澄様と貴女の関係が取り沙汰されたら…大スキャンダルよ?」

いつか…こんな時が来ると思ってた。秘密にしてもいつかはバレてしまうんじゃないかって…。

落ち着いてる振りをして、持っていた紅茶のカップをソーサーに戻すと、カチャチャ煩い音を立てて、あたしの手が震えてるって告げ口をする。

「私は貴女と真澄様の味方なのよ?」

動揺するあたしを水城さんは憐れに思ったのかも知れない。
確かに、水城さんは、速水さんやあたしにとって決して悪い様にはしないだろう。

何処まで話して、どう説明すればよいのか…あたしは観念して、自分の気持ちを整理しながら、今までの事を話し出した。

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