妄想部屋

□囲繞するロゴスの否定を圧倒するはアガペー豈図らんやアウフヘーベンの徴憑
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「…いや、こんな症例見た事もないですし。検査も異常なし。わたしを揶揄ってんじゃないでしょうな?」

医者は何だか疑わしい顔で見ている。
当然と言えば当然というべき医者の反応に、これ以上騒ぐのは得策ではないと判断した水城は、まだ喰いつこうとする真澄の袖を引っ張った。

「ほほほ…!この子達、階段から落ちたショックで混乱してるのかしらっ!さ、帰りましょう!」

また、何かあったら来て下さいと、さも取ってつけたように言う医者の声を背中に、三人を引っ張るように病院を後にした水城であった。

「取り敢えず、真澄様のマンションで相談するのは如何でしょう」

「…よかろう」

四人は真澄の車に乗り込む。
当然の如く、助手席に座る桜小路(マヤ)に、真澄は腐った物でも食べた表情をしている。

車内では、皆無言のままマンションに到着し、部屋に入った後も、ソファーに腰掛けた真澄の横を陣取るのは桜小路(マヤ)だ。

真澄とマヤは、半年前からこのマンションで同居を始めている。
桜小路(マヤ)としては定位置に自然に腰掛けた訳だが、真澄に取っては不自然極まりないようで、やはり表情は複雑そうだ。

「取り敢えず、このシチュエーションはアレだ。どっかで見たぞ。もう一回階段を落ちれば元に戻るという、そういう安直なパターンのやつだ」

「…まぁ、他に元に戻る方法も思いつきませんわね」

釈然としないものを若干感じながらも、一応水城は真澄に同意した。

「だが、今度も怪我をせんとは限らん」

「…ですわよねぇ」

舞台を控えた役者達に怪我を負わすのは如何なものか。
しかし、このままという訳にも…
水城も真澄も難しい顔になる。

「あの…聞きたいんだけど…速水さん怒ってるの?」

先程からの真澄の態度に、不安になったのであろう桜小路(マヤ)は、ウルウルとした瞳で、真澄の袖を掴んだ。

「そんな事はないぞ!可哀想な目にあったマヤを俺が怒るはずがない!ただ…」

「ただ?」

桜小路(マヤ)は真澄の顔を見つめる。

「何で、マヤがよりにもよって、桜小路なんだ……」

複雑そうな表情で、それでも桜小路(マヤ)の髪を優しく撫でる。

「アレだ。俺の今の心境は、うんこ味のカレーを取るか、カレー味のうんこを取るか…そう言う複雑な気持ちなんだ」

「…真澄様、この場合、桜小路君がうんこという訳ですわね」

「「「……………。」」」

分かりやすいといえば、分かりやすいやすい例えであろうが…

「あ、あの…僕、尿意が…」

マヤ(桜小路)がモジモジしだした。

「トイレはそこよ」

マヤ(桜小路)がトイレに案内する。

「待て…」

真澄はスクッと立ち上がり、マヤ(桜小路)の肩を掴んだ。

「お前…排尿後の始末を如何するつもりだ」

「「「おお…!」」」

何となく見逃していた着眼点にいち早く気づいた真澄に一同は感心した。

「俺が拭く」

「「「ええっ!」」」

嫌がるマヤ(桜小路)と桜小路(マヤ)と、割とどうでもいい水城の間で不毛な話し合いが持たれた結果、どうでもいいと、カヤの外だった筈の水城がマヤのシモの世話をする事に決定した。

水城にとっては、とばっちり以外何者でもない筈なのに、それぞれ水城に対し、感謝どころか、おかしな視線を見せる三人。

いよいよ水城は沸々とした怒りが湧き上がるのを感じた。

(不条理だわ…)

重い足取りでトイレに向かい、マヤ(桜小路)の排尿後の後始末を済ますと、もはや、怒りというより、遣る瀬なさに支配される。



「…これは、由々しき事態だ」

真澄が深刻そうな顔で腕を組んだ。

「あたしがおトイレに行く時どうしたらいいのよーっ!」

桜小路(マヤ)が困りきった顔で叫ぶ。

「マヤちゃん、僕は気にしないよ?」

何故か少し嬉しそうな顔のマヤ(桜小路)

「いい訳があるか!君が手伝いたまえ!水城君っ!」

「私も嫌ですわっ‼」

思わず水城は青ざめ、マヤ(桜小路)は何故か少し残念そうな顔をする。

「仕方ない…俺がつまもう」

仕方なくない気もするが、仕方ないような空気が一同を包む。

「お風呂…お風呂はどうするの?」

とうとう桜小路(マヤ)がシクシクと泣きだした。

「マヤ…泣くな…可哀想になぁ…。う〜ん…。マヤの身体は…水城君、君が洗え!桜小路の身体は…。うん、マヤにおかしなものを見せる訳にいかん…俺が洗う」

苦渋に満ちた顔で真澄が指示を出した。

「私…もう、そろそろ失礼させて頂きたいんですけど…」

いい加減、水城も嫌になってきた。

「いかん!いかんぞ!今日は桜小路君も君も此処に泊まるんだ!」

真澄はドンッとテーブルを叩いた。

「嫌です(キッパリ)」

「水城さん!お願い〜〜っ!」

ついに号泣し始めたマヤ(桜小路)に渋々、水城が折れた。

「も〜ぅ……。はぁぁ。わかりました」





コトコトコト…

(何で…私が…)

何故か食事まで作らせられる羽目になった水城を尻目に、あの三人は暗い表情でババ抜きなどしながら暇を潰している。

あんな陰鬱なババ抜きするくらいならと、食事を黙々と作る水城であった。

砂を噛む様な食事が済み、またしても何故か水城が入れたコーヒーを飲みながら、真澄がくちをきった。

「さて、次のミッションは風呂だ。まず俺が、桜小路(マヤ)を風呂に入れる。」

三人が頷く。

「…でマヤ(桜小路)は水城君が…」

「お待ちください。よくよく考えると、マヤちゃんの身体とはいえ、中身は桜小路君。私、桜小路君とお風呂に入る事はどーっしても承服いたしかねます!」

「う〜ん。まぁなぁ…仕方ない。俺が入れよう。マヤもそれでいいな?」

桜小路(マヤ)はこくんと頷く。

「え〜…僕、速水社長とお風呂入るんですかぁ〜…水城さんのがまだ…」

サングラスの奥から、鋭い眼光を発する水城のひと睨みで、マヤは(桜小路)は黙り込んだ。

「では、ミッション風呂!行動開始!」

高らかに宣言する真澄に、何故か湯を張りにいく水城。

「俺が呼んだら、桜小路(マヤ)を連れて脱衣所まで連れて来てくれ」

(子供を風呂に入れる父親ですか…)

水城は、ほとほと現状に疲れながらも、真澄が風呂に行った隙に洗い物も済ませ、いそいそとタオルやパジャマを揃え、桜小路(マヤ)を脱衣所に連れて行くのであった。
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