短い旅(短編)

□言い伝え
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今、名無しさんは幼馴染にピオニー陛下主催のパーティーに招待され、その会場の中にいた

「いくら皇帝とその懐刀の幼馴染とはいえ、普通こんな平々凡々な私を誘うか・・・?」

幼馴染2人がなかなか来ないので会場の隅っこで独り言を呟いていた

「一緒に送られてきたドレスも恥ずかしいし場違い感がなぁ」

名無しさんは招待状と一緒に送られてきた露出度の高い淡い青のドレスを着てここまで来ていた

きっと皇帝が選んだのだろうとすぐわかった

「はぁ・・・帰りたい」

ジェイド「おや、もう帰られるのですか?まだ始まったばかりですよ」

「うわっ!な、なんだジェイドか・・・」

後ろから突然独り言に応答されたので驚きながら振り向いた

ジェイド「なんだとは酷いですねぇ」

「うるせっ、てかいつまで待たせる気だったんだ?」

ジェイド「それが、陛下からせっかくのパーティーなんだからこれ着てけってしつこく迫られまして・・・」

これ、とは今着ている服のことだろう

「確かに言われてみれば珍しい」

ジェイドはいつもそのままの長い髪を緩くリボンで結んでおり、ネクタイをしっかりつけ、灰色のベストの上に紺色のジャケットを羽織っている

黒い手袋をつけた両手はシャンパンが入ったグラスを持っていた

ジェイド「あまりジロジロ見るものではありませんよ

どうぞ」

そう言いながら名無しさんに左手に持っていたグラスを渡した

「あ、ありがと・・・

ん・・・さすが、美味い!」

名無しさんはシャンパンを飲み干し空いたグラスをテーブルの上に置いた

ジェイド「一気飲みは感心しませんね、貴方はもう少し女性ということに自覚を持った方がよいのでは?」

「余計なお世話!・・・ん?音楽?」

突然クラシックな音楽が流れてきて首を傾げる

そんな名無しさんの疑問にジェイドは答えた

ジェイド「確か自由参加の社交ダンスがあると言ってましたよ」

「ふ〜ん・・・」

男「そこのお嬢さん」

身なりの良い男性が名無しさんに話しかけてきた

「はい?」

男「私と一緒に踊って頂けますか?」

そう言いながら名無しさんの前に手を差し出した

「えっ、でも私踊り方知らないので・・・」

男「大丈夫ですよ、さぁ・・・」

男性は少し強引に手を取ろうした、が

ジェイド「すいません中尉、この方は私のパートナーでして」

ジェイドが名無しさんを自分の方に引き寄せたので、男性は手を取ることは出来なかった

男性「たっ大佐!?」

男性はジェイドの存在に今気付いたらしく、後退りをした

ジェイド「そういうことですので

・・・名無しさん」

ジェイドは持っていたシャンパンを中尉とやらに渡す

そして名無しさんのほうを向き、しゃがんで右手を前に出して言った

ジェイド「Shall we dance?」

「っ・・・!」

かっこいい、と顔が熱くなっていくことが自分でもわかる

「えと・・・I'd love to」

名無しさんは手を取った後、ジェイドのほうをちらっと見た

他の人から見たらいつも通りの顔だが、名無しさんにはどこか嬉しそうにしてるように見えた



名無しさんはやり方がわからないので不安だったが、ジェイドのエスコートが意外にも上手だったので少しずつコツを掴み始めていた

(それにしても・・・近い)

元々ジェイドは顔が整っているとは思っていたが、いざ間近で見ると女性達が騒ぐ理由がわかる気がした

ジェイド「さすが名無しさん、もう馴れましたか」

「ジェイドが無駄に有名なせいで周りの視線がつらいからな、仕方なく」

ジェイド「それは悪いことをしてしまいましたねぇ」

笑顔で言ったので言葉と表情が違うと思った名無しさん

ジェイド「そういえばご存知ですか?

このパーティーの言い伝えを」

「言い伝え?何それ」

ジェイド「このパーティーで社交ダンスを共に踊り、0時ピッタリに愛の口付けを交わした2人は、その後結ばれ幸せになれるとか」

「うっわいかにも胡散臭い」

ジェイド「貴方にはそもそも相手がいませんもんねぇ」

ハハハとからかうように言う

「ジェイドだっていないくせに!」

ジェイド「私は貴方と違って狙ってる人がいますので」

サラッと言うジェイドのことを目を見開きながら見る

「えっ・・・い、いるの?」

ジェイド「えぇ、女性らしさに欠けていて口も悪い、こちらからアプローチしても鈍くて気付かない」

悪いところしか言わないが、その女性の話をしているジェイドはすごく楽しそうに見えた

名無しさんは黙って聞いていた

ジェイド「ですが」

少し声の調子が変わったことに気付き名無しさんは顔を上げる

ジェイド「他人が困っているとたとえ自分がどうなろうが助けようとしたり、嫌と言いながら笑顔で手伝ったり・・・そういう所に、私は惹かれたんでしょうね」

「・・・そっか」



社交ダンスの時間が終わった後、ジェイドは挨拶を任されたらしくどこかへ行ってしまった

私は夜風にあたるためにベランダに出た

「あ〜・・・なんか疲れた、はぁ」

柵にもたれかかりため息をつく

「ジェイドに好きな女性ねぇ・・・私が入る隙間はない、か」

名無しさんは既に自分の気持ちに気付いていた

ジェイドのことが好き、その一言が言えずに数十年

幼馴染とはいったが実際年齢は6,7歳程離れている、しかも既にジェイドには好きな人がいる

「もう無理だ・・・手遅れってやつかな・・・」

ジェイド「何が手遅れなんですか?」

「そう来ると思ったよ」

ジェイド「さすがにもうこの手にはかかりませんか、残念です」

全然残念そうに聞こえない口調で言いながら名無しさんの隣に立った

「そういえば、私誘うんだったらジェイドの好きな人誘えばよかったんじゃ・・・?」

ジェイド「誘いましたよ」

「えっじゃあ今もここに・・・」

ジェイド「いますよ」

自分の隣にいるヤツは何を言ってるんだと思いつつ、名無しさんは言った

「なら、私と話したり踊ったりしてる暇あるなら、その人と話したり踊ったりするだろ普通!」

ジェイド「えぇ、ですから先程踊ったではありませんか」

「・・・ん?え、ど、どういう・・・」

どうも自分とジェイドが言ってることが違うと思い始めた名無しさん

ジェイド「さり気なくアプローチしようと思いましたが、ここまで鈍いとは・・・

名無しさん、今何時ですか?」

「えっ、えーっと・・・今23時59分になった」

ジェイド「そうですか

・・・名無しさん、貴方は女性らしさに欠けていて口も悪い、しかも鈍い」

「な、何だよ急に、てか悪口かよ!」

ジェイドは名無しさんの突っ込みをスルーし続ける

ジェイド「ですが、他人が困っているとたとえ自分がどうなろうが助けようとしたり、嫌と言いながら笑顔で手伝ったりと優しい部分もあります」

(あれ、これって・・・)

名無しさんは社交ダンスの時にジェイドが言っていた好きな人の特徴と同じだと気付いた

ジェイド「そんな貴方に、私は惹かれました」

そう言いながらジェイドは少しずつ名無しさんに近付き、社交ダンスの時と同じくらいの距離で止まった

23時59分50秒

ジェイド「名無しさん」

「は、はい・・・?」

珍しく真剣な眼差しで見つめられる名無しさんはつい敬語になった

23時59分55秒

ジェイド「私は、貴方のことが好きです」

「え、えっ・・・ん・・・!」

ジェイドは名無しさんの顎を少し持ち上げ、口付けを交わした

時計の針は0時を指していた



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