看病

□嘔吐恐怖症な彼
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二人で暮らしはじめてそろそろ3ヶ月が過ぎようとしていた。

高校を卒業して一流企業に勤めた俺と大学に進んだ徹とはなかなか休みが合わず、2人きりになれる時間は少なくなっていた。

ただ俺の場合、基本事務仕事がメインなので自宅で仕事をすることもできる。
つまり必ず会社に出勤する必要はないのだ。
期限内に書類提出出来れば俺の仕事は成り立つ。

久々に徹が早めに帰れそうという話を今朝聞いて、今日は自宅で仕事をして徹の帰りを待つことにした。

午後1時過ぎ、突然ガチャリと鍵の開く音が聞こえた。

まさかこんな早くに帰って来たのか、と玄関に向かうと、そこには顔を真っ青にした徹が立っていた。

「……徹?どうしたんだ?」

今にも泣きそうに潤む瞳が俺を見つめる。

「……岩ちゃん、ごめん。……なんか気分悪くて早退してきた……」

「そっか。とりあえず中に入れ。鞄持ってやる。」

軽く触れた徹の手が熱かった。
普段そんなに体温が高くない徹なので熱が上がっているのはすぐわかった。

鞄を置いて体温計を取りに行く。
帰ってくると徹が前屈みになって苦しそうにうなり声をあげていた。

「徹、どっか痛いか?」

「……気持ち…悪い……」

はぁはぁと荒い呼吸をして吐き気に耐える徹を見て少し思考を巡らせる。

徹は嘔吐恐怖症で自分が吐くのも他人が吐くのも苦手なのだ。

前にも気持ち悪くなって吐きそうになっていたが結局耐え忍んだ経験がある。

あの時はそれほど苦しそうではなかったしただの風邪だったので良かったが今回は勝手が違う。

自ら具合が悪くて早退したことのない徹が早退したのだ。
よほど苦しいに違いない。

でも吐くことができない徹に無理矢理吐かせるのは悪い気がする。
でもこのまま苦しんでいる徹を見ているのも嫌だ。

「……吐きそうか?」

ふるふると首をふる。
お決まりだ。
徹は絶対吐きそうなんて自分からは言わない。
耐えて耐えて限界が来て最終的にその場で吐き出す。
こんなことばかりしていたから吐くことに恐怖心をいだいてしまうんだ。

「なぁ、小学生の頃に徹が具合悪くなったときのこと覚えてるか?
ずっと吐くの我慢して結局間に合わなくて辛い思いしたよな?
徹が吐くの怖いのってそれが原因なんだろ?ただ普通に吐くだけなら怖くないからさ、我慢するなよ」

でも徹は認めない。

「い…や。怖い、苦しいの、いやだ……っ吐きたくない……」

吐きたくないということは吐きそうなのだろう。

「大丈夫だ!俺がいるだろ?怖くないからトイレ行こう?」

嫌がる徹の肩を持ち、ゆっくりトイレへと足を進める。

便器の蓋を開け、徹を床に座らせる。
俺も隣にしゃがみ、ゆっくりと徹の背中を擦る。

「どうだ?吐けそうか?」

やっぱり我慢してる。
恐怖症とはいえ吐いたことはある。
吐き方がわからないわけではないのだがやっぱり吐きたくないのか。

「苦しいだろ?今吐いちまえば暫く楽になるからさ、ほら、下向いておえってしてみ。」

「いやだ……やだぁ…怖い、怖いよぉー……」

吐きそうだけど我慢しているせいですんなり吐けない。
その時間が長すぎて余計に恐怖心が増幅されているのだろう。

「……わかった。すっと吐けるように手助けしてやるから俺の言うとおりにしろよ、な。」

コクリと頷いた。

「よし、じゃあ下向いて、自分のペースでいいから軽く嘔吐いてみろ。」

徹はすこし躊躇いつつも「う…うぇっ……」と嘔吐きはじめた。

俺はその声に合わせて軽く背中をトントンと叩く。

すると

「ふ、ふぇっ、いやだやめていわちゃん!!」

徹は嘔吐くのを止めて泣き出した。
胃の内容物が逆流してくる苦しさに耐えきれなくなったのだろうか。

「こら、言うとおりにしろって言っただろ。今だけだから苦しいの。もう少し頑張れ!」

身体をガクガク震わせながら再び嘔吐く。

そして3回ほど背中を叩いたときだった。

「うぐっ…ぼぉえぇぇっ!かはっ、ゴホゴホッ、おえぇぇぇ……」

まるで河川のダムが破壊されたかのように勢いよく嘔吐する。

朝まで元気だったので普通に飯もそれなりの量を食っていた。
それが全て吐き出されていく。

「よしよし、焦るなよーゆっくりでいいからなー」

自分の吐瀉物を見たくないのか目はぎゅっと瞑られている。

一度吐いた身体はもうその気になり、本人の意思とは無関係に胃の中身を外に出そうとする。

「はぁ…はぁ、っ!うぇぇっ、ゲホッ、ゲホゲホッ!ゴポッ、おぇっ……」

最初に一気に吐いたせいかもう胃液しかでてこない。
一度トイレの水を流しキレイにしてやる。
それでも気持ち悪いのか嘔吐く徹に水を差し出す。

「ほら、一口でいいから飲みな。
その方が吐きやすいだろうしな」

「……飲んで、また吐くの……?」

涙目で見つめる徹の頭を撫でた。

「ごめんな、何回も。でも胃液だけ吐くの辛いだろ?
飯は無理だろうから水だけでもってな。
脱水で倒れても嫌だし、飲めそうなら普通に飲んでもいいぞ。」

「……いや、吐く。」

……え?
今自分で吐くって言ったか??

「徹、怖くないのか?」

「怖い。でも今は岩ちゃんが側にいてくれるから……頑張る」

そしてクイッと一口だけ水を流し込む。

「うっ……ぐぇぇぇっ!!っ……うぇっ、ゲホッゲホッ」

バシャバシャと徹の口から液体が吐き出される。

できるだけ楽に吐けるように背中をなでてやった。

吐き気がおさまった徹はぐったりと俺に体重を預けてくる。

そのまま寝息を立てて俺の腕の中で眠った……
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