OffーSeason1
□〜真昼〜 【完結】
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「冷めるから、早く食べな?」
「…うん」
木原は、外に出ると、缶を開け、ちびちびと中身を飲み出した。
「先生、まだ猫舌なんだね」
「まだって…いつか治るもんじゃないでしょ?」
木原の困ったような微笑みに、気が緩んだ真昼は、肉まんを一口食んだ。
そして…、食んだきり一点を見つめたまま、動かなくなった。
数秒間の静止。
異変を感じた木原は、真昼が強い視線で見つめる先を追った。
似たような背格好の少年が二人、コンビニに向かって歩いてくる。
特に目を惹くような容姿でもない。
大人に成りきれていない風貌は、隣にいる少女と同い年くらいだろうか?
木原は、学校の同級生かと推測したが、未だ逸らさず、睨め付ける真昼の態度で、“お友達”でないと感づいた。
真昼の嫌悪と不服従、憤りを含んだ視線に気づかないはずがない。
一人の少年が、真昼に気づくと、連れ立って歩いていたもう一人の少年に声をかけ、真昼の存在を知らしめた。
少年とはいえ、男二人に対し、女一人では分が悪いことくらい分からない年齢でもないのに、真昼は視線を外さなかった。
──ズタボロにされるよ、真昼。
相手が歯向かえば、歯向かうほど、悦びを覚える人種がいる。抗う力を、力で捩じ伏せ、徹底的に嬲り、屈辱を与えることが至福なのだ。
性癖も極々ノーマルな木原には、これっぽっちも理解できなかった。
望んだわけでもないのに、『奈落』のループに堕ちかけている教え子を放っては置けない。
木原は、暫く静観を決め、この場をやり過ごそうとした。
少年は下卑た笑みを貼り付けて近づき、通りすがりに木原に強烈な視線をぶつけ、コンビニへと入っていった。
「真昼」
木原が、少年達を遮るように真昼の前に立った。真昼は、一瞬躊躇ったが、すぐに冷静さを取り戻し、木原に向き直った。
「…何?」
「食べないの?」
木原は、冷めているだろう肉まん指した。
「…あ、食べる、食べる」
真昼は指摘され、慌てて肉まんにかぶりつくと、何事も無かったように歩き出した。
「真昼、歩きながら食べるなんて、行儀悪い」
「お母ひゃんみはひなほほ、ひははひへ」
「口いっぱい詰め込んで。ほら」
木原が、自分の飲んでいたスープ缶を真昼に差し出した。
「自分ひゃって…ゴホッ…歩きながら…飲んでんじゃん」
「要らないの?」
「飲むわよ」
真昼は、木原から缶を奪い取ると、ゴクリと音を立てて飲み下した。
「ぬるっ! もう、充分に温いじゃん。美味しくないよ?」
「俺はこれでいいの。はい、返して」
「……」
真昼は、無言で缶を返した。
「他人の嗜好にケチつけないの」
「…だって…」
「ん?」
「……は…い」
真昼は、不服を露にしたが、木原が少しきつめの態度をとると、しゅんと承諾の返事をした。
他人には、己れとは違う、押し付けることが出来ない嗜好や性癖があることを知らなければならない。
木原は、敢えて強気な態度を取った。
気落ちした真昼は、暫く間、無言のまま歩いていた。
「…あ」
木原が歩みを止め、缶の中を覗いた。
「…? どうしたの?」
「……粒が、残った…」
「………」
真昼が、一瞬の沈黙の後、高らかに笑いだした。
「熱いからって、上澄みばっかり飲んでるからだよ」
「まだ言うか」
一笑いすると、真昼は自ら「これ」と言って、携帯を差し出した。
「先輩の写メ」
脈絡のない少女の行動にも、木原は慌てることなく対応した。
木原が覗き込むと、携帯の画面には、見覚えのある少女が写っていた。
「真昼が好きそうな感じ」
長い黒髪の美少女だった。
「でしょ? 優しくて、綺麗で、周りに流されないようと頑張ってるのに、我を張らない人。大好き。でも、彼女は別の人が好きなんだけどね」
それは、木原にも分かっていた。
あのとき──。
地下鉄のホームでの彼女の態度は、間違いなく隣にいた少女に好意を持っていた。
見た目も、行動も、真昼とは違いすぎる。
真昼に勝ち目は無さそうだった。
「もう、諦めようかな…。四月には別の高校に行っちゃうし」
「そう思ってる間は、諦めてない証拠」
「……やなこと言う」
真昼は口をへの字に曲げた。
「……でも……結局、実質的に助けたのは、田崎先輩なんだよなぁ…。私は、犯されましたって証拠を、教師に突きつけただけ」
「詳しいことは分からないけど、それは、誰にでもできることじゃないよ」
「そうなんだけどさ……」
真昼にとって、決定的な瞬間だった。
叫ぶことしできなかった己れに対し、長身の少女は、圧倒する力で男二人を平伏した。
あんなふうに……。
「……私が守りたかった。だって、好きだったんだもん。…ううん、今も好き」
「守ったじゃん」
「……うん。でも、叩いちゃった。薔乃先輩のこと」
「…叩いた?」